
2021/05/04
こだわりは「生産者との信頼関係」。自らハタケに通うシェフが決意した、未来のための新たな取り組み【「fra..」新井直之】
※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。
このマガジンは、様々な形で暮らしに「ハタケ」を取り入れている人やその暮らしの紹介を通じて、自然と自分の双方を愛せる生き方を紹介するメディアです。
その時期にしかない旬の素材を活かした、おいしい料理。それをいただきながら、どんな人がどんな思いでつくっている素材か知ることもできる。そんなレストランがあったら、行ってみたいと思いませんか。
今回お話をお伺いするのは、池袋の隣の駅、要町(かなめちょう)にあるイタリアンレストラン「fra..(フラ)」のシェフ、新井直之(あらいなおゆき)さんです。お客さんだけでなく地域、そして食材のつくり手にも愛される「fra..」はどのようにして生まれ、営まれているのか。
新井さんのお話には、食に関わる仕事がしたい方や地域に根ざした活動をしたい方、そして、変化が激しい世の中を生きるわたしたちへのヒントのような視点が感じられました。
自分の個性よりも「食材の個性」
ハタケト:さっそくですが、新井さんがシェフをされているレストラン「fra..」について教えてください。
新井さん:近隣の方々が週1、月1で来るようなカジュアルなイタリアンのレストランです。レストランの名前「fra..」はイタリア語で間(あいだ)という意味で、知人がわたしのことを”生産者さんとお客さんの間に立つような人だね”、といって名前をつけてくれました。
料理は自分の個性を出すというよりは、生産者さんが育てた食材をなるべくストレートに出すようにしています。すでにクオリティのあるものをわたしがこねくり回すと、生産者さんの思いや苦労を傷つけることになると思うんですよね。わたしは生産者さんとお客さんを繋ぐ役だと思っているので、メニューにも生産者さんの名前を載せています。
ハタケト:シェフをしながら、仕入れ先のハタケにも通っていると聞きました。
新井さん:はい、野菜の仕入れ先である青梅市の生産者、Ome Farmに通っています。野菜のつくり方を習うというよりも、仕入れ先の生産者さんとコミュニケーションを取りたくて行っています。雑草取りや、野菜の間引きなど、それほど難しくない作業を教わりながらしているだけですが、同じ方向を向いて手を動かしながらだと、面と向かうよりも話しやすく、会話も弾むんですよね。Ome Farmではいつも音楽を流していたり、みんなでわいわい話しながら笑いも飛び交っていて、本当に楽しいんです。
地産地消を体感したイタリア修行
ハタケト:生産者さんとのコミュニケーションを意識するようになったきっかけは何ですか。
新井さん:20代の頃に修行していたレストランのシェフの紹介で、イタリアのプーリア州にあるオルサーラという村に行ったことが自分に大きな影響を与えたと思っています。そこはレストランのためにハタケがあって、牛も豚も鶏も飼っていて、毎朝産みたての卵がとれてチーズもつくるし、栽培しているぶどうからワインも仕込む。村の人たちみんながレストランに関わっていて、山一つがぜんぶレストランみたいな感じだったんです。
シェフたちは毎朝、木の箱を持って山を歩きながら野生のアスパラやキノコ、食べられるお花をとってきて、その日とれたものを料理に使うんです。全てが自家製で、究極的な地産地消。1キロ圏内のもので調理するスタイルに当時は衝撃を受けましたね。ここで地産地消の考え方を学び、日本に戻ってこういうお店をやりたい!と思いました。
それからプーリアでは、地域のおばあちゃんたちが誰かの家に集まって料理をつくる雰囲気もすごく居心地がよくて、わたしもその場に参加させてもらい、90歳のおばあちゃんからオレッキエッテというパスタを教えてもらいました。オレッキエッテは今のお店では欠かせない存在です。
つくり手と、人と人との付き合いをする
新井さん:そうはいっても、東京では全てを地産地消や自家製にはできないので、食材は地域の個人商店から、鴨肉は埼玉県の武井鶏園さん、しいたけは青梅市の内沼きのこ園さんから仕入れており、会いにいける距離の中で長く付き合っていきたいと思った方にお願いをしています。野菜はOme Farmに毎週の予算分をお願いして、内容はOme Farmのみなさんにお任せしています。届いた野菜を見てからその日のメニューを考えるので多少のハードルにはなりますが、学んできたセオリーを大きく外さなければ変な料理にはなりません。食材は自分のスケジュールに合わせるのではなく、大地のスケジュールに合わせるべきだと思っており、わたし自身も思いつきで行動するタイプなので楽しんでやっています。
ハタケト:そのようなスタイルになったのは、何かきっかけがあるんですか。
新井さん:イタリアに行く前はメニューに合わせて野菜を仕入れるスタイルでしたが、イタリアから戻ったらそれも少し疑問に思えてきて、世界のシェフのやり方を調べ始めました。そこで、アリス・ウォータース(※1)やダン・バーバー(※2)の考えに出会ったことがきっかけです。
(※1:Alice Waters、アメリカの料理家で活動家、レストラン「シェ・パニーズ」オーナー。農業をはじめとする第一次産業や食のつくり手を大切にし、地産地消や食育を伝える第一人者)
(※2:Dan Barber、アメリカの料理家で活動家。オーガニック農園「ブルー・ヒル・ファーム」とニューヨークのレストラン「ブルー・ヒル」オーナー。サステイナブルな農業のあり方を実践とともに広く伝えている)
ハタケト:新井さんが、シェフとして大切にしていることを教えてください。
新井さん:人との信頼関係や実際に会いに行ける距離の方から仕入れることを大事にしています。広い世の中には、探せばおいしいものはたくさんあるかもしれません。でも、おいしいものを求めて仕入れ先を都度変えていては信頼関係は築けませんよね。それから、実際に会いに行くことでお互いの理解も深まります。コミュニティのこと、次世代のこと、農業の未来のことをちゃんと考えている人だなと思ったら、その人と付き合うことを決めています。
シェフがハタケを耕す理由
ハタケト:わたしたちが今回取材のお声がけをさせていただいたのも、新井さんがご自身でハタケも始められたと聞いた背景があるのですが、どうしてハタケも始められたんですか。
新井さん:ダン・バーバーが提唱した The Kitchen Farming Project(キッチン・ファーミング・プロジェクト)というプロジェクトに参加したのがきっかけです。The Kitchen Farming Projectは、シェフが自分の家の庭、またはレストランの庭で、芝生を剥がして畑にしよう、という取り組みです。
新型コロナウィルスの影響で飲食業界が営業停止となり、それに伴いレストランに出荷していた生産者さんも大きな打撃を受けています。伝統的な作物をつくり持続可能な農業をする生産者さんが野菜を出荷することができなくなると、野菜のタネも繋ぐことができなくなってしまい、タネは一度失われると取り戻すことが難しくなる。そこで、食に情熱とこだわりをもつ世界中のシェフたちがこのプロジェクトに参加して、自宅やレストランの土を掘り起こすというアクションです。わたしも、地元のタネや昔からつくられている野菜を自分のハタケに植えることにしました。

ハタケト:今後の夢を教えてください。
新井さん:将来的には「兼業農家シェフ」になりたいと考えています。といっても自分で育てた野菜を自分のレストランで使うという意味ではなく、野菜はあくまで販売するために育てて、2つ目のビジネスとしての農業を考えています。もしも自分の野菜をお店で使ってしまうと、Ome Farmからの仕入れが減り、Ome Farmの収入減に繋がってしまいます。それよりも生産者さんと共に発展することを目指して行動したいんです。それに、レストランと農業を集約するとわたしにとっての出口も限定的になり、レストランのための農業では結局、野菜は料理のパーツに過ぎないということになってしまう。そうではなく、レストランと農業をそれぞれ独立してできるようになることで、これからの時代の農業の価値を高めると考えています。
また、野菜は他の人との繋がりをつくるとも思っています。実際、たくさん採れた野菜をお客さんに渡すと、とても喜んでもらえるし、交流の機会が増えるんです。わたし自身も農業に携わることで、これまで以上に生産者さんの立場で物事を考えられるようになれるとも思います。
野菜のタネを繋ぐこと、Kitchen Farming Projectを実践すること、伝統的な野菜を調理すること。そうしたことの全てが次世代、今の子どもたちが大人になった時の多様性のためにとても大事なことだ思っています。
(インタビューはここまで)
新井さんの料理を初めて食べた時、そのおいしさと繊細さ、優しさに感動して思わず笑みが溢れたのを鮮明に覚えています。
取材中に新井さんがおっしゃった「多くの方が野菜を育て、自分で育てた野菜を使って料理をするようになれば食に対する考えが変わっていくのでは」という言葉が印象的だったのですが、わたしもプランターで育てた野菜を食べた時に感動と幸せを感じ、野菜に対して愛着さえ湧いて実感できました。野菜を自分で育ててみる、食材は住んでいる近くの応援したい方から買う、人との繋がりを大切にする。まずは何か一つでもできることから始めてみると、地域や食のことを考えるきっかけになるのかもしれませんね。