2021/06/19
暑い季節に思い出す、アツい人。野菜に向き合うわたしの軸をつくった名言の数々【 畑の魅力伝道師 寺田賀代后 】
※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。
こんにちは。畑の魅力伝道師の寺田賀代后です。ここ最近、夏日ですね。野菜がしんどそうになる暑い日は少し苦手ですが、この暑い時期になるといつも思い出す、ある畑と農家さんがいます。同時に、その努力と知恵が生み出した最強の枝豆がもうすぐ手元に来るのかと嬉しくなります。
今回は、今のわたしの畑や仕事に対する考え方の軸になったある農家さんとのお話です。
奥信濃農園との出会い
ハタケトのインタビューの時にもお話したのですが、わたしは八百屋になる前にいろんな経験をしておきたくて、たくさんの職場でお世話になりました。もちろん野菜を扱うのに農家さんのところにも行きたかったので、「ボラバイト」という求人サイトを経由して農家さんを探しました。
今はどうかわかりませんが、7年前の当時は、農園の名前は記載されておらずイニシャルのみの掲載で何を育てているのかなどの情報のみでした。たくさんの農家さんの中から、ある一つの農家さんが目に入り、わたしの大好きな枝豆を育てていること、それと、なぜかどうしてもその農園が気になってしまい、農園名などを自分で調べて多分ここだろうなぁという農家さんを発見。代表の写真を見た時、ここにしよう、と即決したのが長野の「奥信濃農園」です。
仕事も遊びも100%なタカさん
ドキドキしながら1人で長野に向かい、駅で農家さんと合流。わたしが見つけた写真のご本人、「タカさん」です。イカついけど沢山の知恵や経験、人として学びたい部分が詰まってるのではないかと感じた人です。この人から本当にたくさんの事を学びました。そして今現在も学び中です。
仕事は手を抜かず、夏の時期は体重が激減するくらいやりこむ。休みの日は子ども達やバラバイトの方を連れて川釣りやラフティング、お祭りなどに連れて行ってくれて全力で楽しむ。そんな方です。
たくさんの言葉や行動がとても響く事が多々あったのですが、これをすべて話すととんでもなく長くなってしまうので、悔しいですが割愛し、いくつか抜粋してお話させて下さい。
「スペシャリストよりゼネラリストになれ」
わたしは何か一つずば抜けて長けている人が羨ましく思う事がありました。スペシャリストの人ってかっこいい、と。自分自身は平均あたりをウロウロしながら特に見栄えもせず出来ないことはない、器用貧乏です。しかしタカさんは「経営者はゼネラリストであるほうがいい」と教えてくれました。
「百姓はゼネラリストだよ。ハウスも建てるし野菜も育てるし水も引っ張ってくるしね」
スペシャリストの反対のゼネラリストという言葉を教えてもらい、「なんかカッコいい」と思えただけでも無知なわたしには大きな前進でした。
今のわたしは営業もするし配達もするし野菜も売るし講師にもなるし数字も見る。タカさんのいうゼネラリストに近づけているのかな、と思っています。
「かよちゃんは完全に経営者気質だね」
タカさんがボラバイトたちのことを話してくれた時、わたしについてそう言ってくれた言葉は、独立を目指していたわたしに力強い後押しになりました。他のボラバイトたちについても、「あの子は中間管理とか向いてるだろうね」などの話を聞いているうちに「あぁ、この人は誰よりも働いてるのによく人を見ている人なんだなぁ」と感じました。
わたしも元々よく人間観察はしていましたが、以前も書いたように、わたしが自分自身、そして相手のことを深く知ろうと心掛けているきっかけにもなりました。知っているとは強いこと。相手を理解したら相手の長所短所が見えてくる。どう指示をすればいいのか、どの場所を任せればいいのかわかってくる。経営者には必要な能力だと思います。
「失敗する人は成功する人」
そんな奥信濃農園でのバラバイトも最終日。4日目くらいで急に「かよちゃん、出荷数見れるよね?中の指示よろしく!」などの無茶振りをされたり、勤務時間が終わった夜にタカさんから「ごめん!作業が終わらないから手伝いにこれる?」と電話が来て、女性陣は休ませてわたしは男性陣と共に作業をお手伝いして、その年の最高出荷数を更新!!
その達成感に浸りながらみんなでお酒を飲んだり(学生さんはもちろんノンアル)、とても濃く、また、一部の業務を任されていることも多くて嬉しいことの多い奥信濃農園での日々でした。が、最終日にやらかすのがわたし…なんと、使い慣れない農機の操作をミスして川の中に落としてしまったのです。
慌てて報告しに行こうと車を走らせたら、焦っているのと持ち前の方向音痴で、まさかの作業場に帰れず、1人で迷子。途方に暮れてたらタカさんから電話がありました。
「どこ行ったの?心配したじゃん。機械は引き上げて直してるから!どこにいるの?」
と特徴を説明し、案外近くでウロウロしていたのかすぐお迎え来てくださり、しょんぼり帰る。本当にすみませんでした…と肩をすぼめていたら「かよちゃん、大成功する人って失敗するんだよ!俺の息子もよく失敗する、だから成功するんだよね!俺もやらかしたことたくさんあったよ」と励ましてもらいました。
戻った後も、本当なら使えなくなってたかもしれないけど機械は復活した、運がいいね、と(今思えば優しさだったのかも)タカさんの器の大きさに助けられた、奥信濃農園での経験でした。
やんちゃ小僧が生んだ「やんちゃ豆」
タカさんは自分のことを「やんちゃ小僧」と呼んでいます。無理だと言われることでも挑戦する人の事をそう言います。
そこからわたしは、仲卸の経験を積み、独立。夢だった奥信濃農園のやんちゃ豆を取り扱わせてもらえることになりました。今はあまりの人気さにどんどん取り扱う場所は増えたかもしれませんが、その当時、近畿で扱っているのはわたしだけ。こんな素晴らしいやんちゃ豆を大阪の人に食べてもらえることは誇りでしかなく、これからもやんちゃ豆を仕入れ続けていく、仕入れる量を増やし続けることが今の目標の一つでもあります。
すぐ忘れてしまうわたしがこんなに長い間、ボラバイトの1週間や誰かが言った言葉をずっと憶えているのは余程のことです。皆さんはそんな、心を突き動かす様な出会いや言葉を貰ったことはありますか?
わたしもそんな言葉を誰かにかけられる存在になりたいです。
裏話をひとつ。
このコラムを書く際に、タカさんに連絡を取り「どうしてあの時、ワタシが経営者気質だと思ったのですか?」と聞いたのですが、ストレートに返事が返ってくるわけもなく、また考えさせられるきっかけになりました。こうやって人は常に学んでいきます。
いつか、奥信濃農園に帰ってあの時かけてもらった言葉を自分なりに解釈して、こんな姿になりました、と報告できる日を必ず作りたいと思います。
ライター/寺田 賀代后