※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。

このマガジンは、様々な形で暮らしに「ハタケ」を取り入れている人やその暮らしの紹介を通じて、自然と自分、双方を愛せる生き方を提案するライフスタイルメディアです。

今回お話をお伺いしたのは、生活共同体TSUMUGIの運営をしているはしかよこさんです。以前は仕事が最優先、食事はコンビニか外食、終電で帰宅してそのまま寝る日々を過ごしていたというかよこさんが、世界一周を経て価値観が一変。現在は「生活」することを中心に畑に通いながら暮らしているそうです。

家事の代行や機械化が当たり前になりつつある今、なぜ「生活」することに立ち返り、畑に通うのか、お話を伺いました。

はじめて「生活」をして気づいたこと

ハタケト:TSUMUGIについて教えてください。

かよこさん:TSUMUGIは「自分にも地球にも善い暮らし」を探求する生活共同体です。活動としては耕作放棄地を活用して畑や田んぼで作物を育てたり、生産者さんのもとへ社会科見学に行ったり、オンラインで暮らしの情報をシェアしあったりしています。都会で一人で野菜を作るのは難しいからみんなで畑をしたり、暮らしの知恵を学び合ったりと、人生の土壌になる資源をみんなでつくっているイメージです。その結果、食卓をより豊かなものにアップデートできると考えています。

(TSUMUGIの仲間と食卓の準備をしている様子。画像提供:はしかよこ)

ハタケト:かよこさんご自身が「自分にも地球にも善い暮らし」を目指すようになったきっかけはなんだったのでしょうか。

かよこさん:インドで一人旅をしていたとき、インド人のおじさんから「君は仕事はしているかもしれない。でも「生活」はしていないよね。もっとマインドフルでありなさい」と怒られたんです。怒られたものの、そのときは「イマココを大事にしようという話かな」くらいに捉えて、自分の生活を見直すまでには至りませんでした。

(インドでの出来事は、かよこさんのnoteに詳しく書いてあるので、よかったら合わせてご覧ください)

インドから帰国後も仕事は多忙で、ついに心も体も壊してしまい退職することを決めました。休養後にできた時間で、「本当の豊かさ」を追求するために、夫と世界一周の旅に行くことにしたんです。その旅の途中で訪れた鹿児島県の離島、喜界島で2週間ほど生活したことが大きな決め手となって、「本当に生活をしよう」と気持ちが変わりました。お恥ずかしい話そのとき初めて、料理や掃除、洗濯といった自分の身の回りのこと全て自分でしたんです。そうすると生活だけで1日8時間くらい掛かるんですよね。今までわたしは生活の大半をお金を払って済ませていた、つまり自分の生活を誰かに任せていたということに気がつきました。

さらに、喜界島で胡麻を作っている生産者さんや漁師さんとお会いできたことで、自分が食べているものは多くの方々の労力があって買うことができていると気づかされました。自分の生活が誰のおかげで成り立っているのかを理解することで、例えばコンビニの安いコーヒーの背景に不当な労働はないのかなど、誰かの便利の代わりに他の誰かの「犠牲」はないか、というところにまで意識した暮らしをしなければいけないと感じるようになりました。

(畑で収穫したじゃがいもを持つかよこさん)

“知っているだけ”はもうやめた。当事者として動く決意

ハタケト:誰かの「犠牲」まで意識するに至ったのはなぜですか。

かよこさん:ポーランドのアウシュビッツでの経験が大きく影響しているのかもしれません。アウシュビッツは負の世界遺産として知られ、ナチスドイツによる大量虐殺があった場所です。ガイドさんに「当時、ユダヤ人がどこかへ連れていかれた後、帰ってこないことはみんな知っていた。でもなぜ止められなかったと思いますか」と聞かれました。なぜかわからず聞いていると、香港の民主化運動やロヒンギャ難民のことに触れて、「ここで起きたことについて考えることは、今起きている悲惨なことを考えるヒントにもなるかもしれません。」と言われたんです。歴史を振り返ると、なぜこんなにも悲惨なことを誰も止められなかったんだろうと思うけど、知っているのに何も行動しないわたしも同じことをしている、とその時初めて気がつきました。今、世界で悲惨なことが起きている状況を無視しているのと変わらないのだ、と。

その経験を経て、隣にいる人を笑顔にするだけでは足りないのかもしれない、と考えるようになりました。わたしが笑っている裏で苦しんでいる人がいるかもしれない。全プロセスにできるだけ心を寄せて行動しなければ、と思います。

ハタケト:なるほど、その経験もあってご自身の生活にも目を向けられたのですね。

かよこさん:最近よく聞くことも増えた、工業化した畜産業がCO2排出量を増やして環境負荷になることも、振り返ると学生の頃に学ぶ機会もあったんです。ただ、衝撃は受けつつも自分の生活が変わるまでには至らなかった。今まで社会問題を知っていたとしても見ないふりをし続けていた自分自身に、旅を通して気がつき、蓋をしていたものに目を向けるようになりました。

(ポーランドにあるアウシュビッツ強制収容所。第二次世界大戦中ナチスドイツによるユダヤ人の大量虐殺が行われ、ここでは150万人以上のユダヤ人が亡くなった。画像提供:はしかよこ)

ハタケト:そこからTSUMUGIに携わるようになったのですか?

かよこさん:実は世界一周に行く前にTSUMUGI代表の塚本からコミュニティづくりの相談を受けていて、世界を旅しながらもミーティングはしていたんです。ただ、当時はあまり自分の中でピンときていなくて、少しお手伝いをしているくらいの感覚でした。でも、旅を通して自分も世の中のために何かできないかと考えた時に、TSUMUGIで一緒に活動していくほうがインパクトが大きいかもしれないと思ったんです。それに、TSUMUGIに参加者として加わるだけでは、めんどくさがりの自分が生活を変えるのは難しいと思い、立ち上げメンバーとして責任を背負う立場で携わろうと思ったのが始まりです。

プロセスに目を配ると、ハタケにたどり着いた

ハタケト: 食や暮らしを捉えなおすことを、食から取り組まれたことに共感しました。

かよこさん:畑を始めたのは、まさに全プロセスに目を配りたいという思いがあったからです。農産物を買うだけでなく、自分たちで野菜づくりを体験して循環を学びたいと思い、農家さんにパートナーとして入ってもらって、野菜づくりのアドバイスをいただくことにしました。

タネを買う場所や作付け計画はパートナーの農家さんに考えてもらい、無農薬無施肥(※)で、農作業は自分たちでしています。とはいっても基本的には月に1~2回の作業ですが(笑)同じく無農薬無施肥の田んぼはすぐに草が生えてきて、稲が負けない様にみんなで必死に草抜きしています。有給を取ってまで田んぼに来てくれるメンバーもいて、本当に心強いです。

(※無農薬無施肥:農薬や肥料を施さない農法)

(TSUGUMIの畑で共同作業)

ハタケト:収穫量はどうですか。

かよこさん:昨年は自分たちもびっくりするくらいよくできたんですよ。神奈川県の南足柄にある長い間耕作放棄地だったところを利用しているので、土がいい状態だったのかもしれません。今年はじゃがいもは豊作!他の夏野菜は除草作業が雨天と重なり思うようにできなかったこともあってちょっと心配です。

自分たちで育てた野菜は形は不揃いだし葉っぱは虫に食われ放題だし、大きさも全然違うので、農家さんが育てたスーパーに並んでいるピカピカの野菜ってすごいんだなと思いましたね。

畑に行って土を触っているとミミズや見たことのない虫がいたり、田んぼではカエルやザリガニなどが生きているのを肌で感じると、生きものがいる中で自分たちが食べるものが育つっていいなと思いました。

信頼関係は将来の備えに

(TSUMUGIの田んぼで手作業で田植えをする様子)

ハタケト:以前に比べて仕事と生活のバランスはどのように変化しましたか。

かよこさん:仕事3、生活7くらいになりました。毎日食事を作って、時々畑に行く暮らしは、昔の自分では本当に考えられません。生活の一つ一つが楽しくて色々やってみているのですが、ほとんどライスワークをしていないので今お金はあまりありません(笑)。生活をしていることで食べていくってどうしたらいいんだろう、というのが最近考えていることです。

ただ、お金の円(えん)と人とのご縁(えん)は、円ばかりを持っていなくても、縁の中で豊かに暮らせるのではないか、とも考えています。

(焚き火で料理をしている様子)

ハタケト:TSUMUGIという場では、縁の中で豊かに暮らせるということを確かめているような感じでしょうか。

かよこさん:それもありますし、将来に対する備えという気持ちもあるかもしれません。これからの時代、信頼がないとあらゆる物が手に入らないようになるんじゃないかと思うんです。実際にコロナではじめて緊急事態宣言が出た時に、近所の人にしか野菜を売らない農家さんがいたという話を聞いて、お金を払えば安心したものが必ず手に入るのではなく、生産者さんとの信頼関係がないとものが買えないような時代が来るかもしれないと思いました。

ハタケト最後に、かよこさんが考える「善い暮らし」がどういうものか教えてください。

かよこさん:できるだけ「犠牲」がない暮らしです。犠牲のない中に、自分も含めてどれだけのものと人を含めることができるか。地球や他者が犠牲になっていても善い暮らしにはならないですし、反対に自己犠牲だけでも善い暮らしにはならない。そのバランスは難しいですが犠牲を少なくしていくことが日々のチャレンジだと思っています。

(インタビューはここまで)

今手にしているもののプロセスにできるだけ心を寄せ、自分が気持ちがいいと思うものを選択していくことで、自分にも地球にも善い暮らしに少しずつ近づいていきたいですね。

つい答えを求めてしまいがちだけど、答えなんてない。自分で考えて、行動して、バランスを見つけていくこと、その過程こそがとても大切なのだと気づかされました。最後に、かよこさんがインタビューの中でおっしゃっていた素敵な言葉をお届けします。

「昨日よりも今日が、今日よりも明日がちょっと良くなっていればいいな。」

ライター/hiroko 編集/やなぎさわ まどか

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INFORMATION

はしかよこ

はしかよこ

株式会社TSUMUGI取締役。東京での暮らしから世界一周を旅する中で「生活」することの大切さに気づく。現在はTSUMUGIとCapital Art Collective MIKKEの活動を通して循環型の経済と食の豊かさを追求中。