2023/01/20
今ここが、誰かの救いに。飲食店「あがりこぐち」で始まるブルースな繋がり
愛情深く「いのち」を扱う食の作り手を応援したいaiyueyo。込み上げる思いを形にして、作り手さんと手を取り合いながら進めるのがaiyueyo brandingです。食の作り手、そして食を受け取る人が、お互いを大切な存在と思い合えることを目的にして、日々それぞれの心の絆をつなげています。
この連載では、実際にいい関係性を育んでいる食の作り手にお話を聞き、どのような経緯や思いでaiyueyo brandingを行ったのか、食にまつわる「両思いの物語」をご紹介します。
今回ご紹介するのは、広島県の福山駅前で飲食店「炭火とレモン あがりこぐち。」を運営する株式会社tachimachiさんの両思い物語です。
代表の倉田敏宏さんは島根県での大学生活、東京のソーシャルベンチャー企業でのインターンなどを経験したのち、22歳で株式会社tachimachiを立ち上げました。「あがりこぐち」は飲食店としてのみならず、人と人とを繋ぐコミュニティとしても地域から愛されるお店です。食材の産地も積極的に訪問するなど、こだわりをもって作られた食材の魅力を伝えることにも力を注がれています。
aiyueyo brandingでは、倉田さんの中にあった価値観を明確に言語化し、スタッフにより深く浸透することに取り組みました。スタッフや常連のお客様へのインタビューを通じた「らしさ」の発掘、理念の策定、採用基準やスタッフの心得などを整理し、倉田さんの価値観を「見える化」するお手伝いをさせていただきました。
ブランディングを通して見つけた「北極星」
── なぜaiyueyo blandingを受けようと思ったんですか?
倉田さん:何か課題があったというよりは、これからもっと成長するために今のうちに言語化しておきたいと思いました。「自分たちはなぜ生産地に行くのか」「お客さまとどういうコミュニケーションを取ることが望ましいのか」ということを考えていく中で、指針があった方がいいと思ったんです。お店はうまく回っていましたが、もしもぼくがブレてしまうことがあったら終わることもわかっていました。そこで、自分がブレたかなと思うときに戻れるもの、ぼくらは「北極星」と呼んでるんですけど、進むべき方向性を指針として掲げておく必要性を感じていました。
誰かにパートナーとして伴走してもらいながらブランディングデザインをしたいと考えたときに、以前、共通の友だちから紹介されたベーちゃん(TUMMY株式会社代表あべなるみ)の顔が1番に思い浮かんだんです。
── aiyueyo brandingでは、あがりこぐちの常連さんや当時のスタッフにインタビューを実施しました。その中で印象に残っていることはありますか。
倉田さん:スタッフに関しては、思った以上にしっかり店を見ているんだなと感じました。一般的にアルバイトの場合、与えられた仕事をしっかりやっていればそれでいいわけですが、それ以上に、どういう風に自分が貢献できるのか考えてくれているんだなということが分かって嬉しかったですね。
常連さんへのインタビューでは、ここに来たら何か学びがあるとか、誰かに出会えるとか、そういう声がたくさんあって、思った以上に場所として求められていたんだと感じました。
あと、こちらが意図していないところに価値を感じてくれている方もいて驚きましたね。音楽や本など、ぼくが好きなものをお店のいたるところに置いていたんですが、ある常連のお客様がそれを「文化の香りがする」と言ってくれていたんです。そのときに改めて、文学や絵、音楽などを大事にしていこうと思いましたし、ぼく自身がその知識をつけようと強く思いました。店を移転してからはレコードをたくさん置くようになり、新しい挑戦としてバンドを招いてライブイベントを開催したりもしています。
ビジョンとミッションに込めた思い
倉田さん:「余白を彩る」というビジョンは、東京のソーシャルベンチャー企業で働いていた時の経験がもとになっています。
当時勤めていた会社には「世の中はどうしたら良くなるんだろう」とか「社会に溢れる課題を解決したい」と真剣に考えている人がたくさんいたんです。でもその一方で、心配になるくらいものすごくたくさん働くんですよ。ちょうどその頃、某大手企業社員の過労による自殺が大きく報じられて、誰もが世の中を変える可能性をもっているのに疲弊して失われる命があるということや、それがこの社会にとってどれほど大きな損失かということを考えさせられました。
そうなってしまう前に休める場所を作ろうと思ったときに「余白を彩る」という言葉が出てきました。どうしたら心を休められる場所を実現できるかを模索する中で、自分で場を作るしかないという考えに至り、あがりこぐちが生まれたんです。
そうした根底にある僕の想いをブランディングで掘り下げていく中で「日常のリトリートをつくる」というミッションが生まれました。日常からあまり離れていない世界で心を休められる場所でありたいという想いを言語化したものです。
── ブランド方針書の随所から人と人とのつながりを大切にする姿勢が感じられます。お店作りにおいてつながりを大切にする背景にはこんな想いがありました。
倉田さん:ぼくは、人と人との出会いの「その先」が大事だと思っているんです。誰かと出会ったことによって「あの人と話せてよかったな」と感じる。その時のちょっとした思い出が、半年後のつらいことを支えてくれるものになるかもしれない。何か新しい知見が得られたり、単純に仕事につながる可能性だってありますよね。そうした出会いのくり返しによって世の中はうまく回っていくと思っているので、その一端を担える場所であれたらと考えています。
スタッフの夢が叶う場所に。育成に込める想いとは
── ブランド方針書を作成したことで、目指す姿がより明確になったあがりこぐち。2022年5月に店舗を移転した際に仲間になったのが、スタッフの吉田妃那さん(以下、ひなさん)です。どのような経緯であがりこぐちのスタッフになられたのでしょうか。
ひなさん:倉田さんが運営されていた別のお店にお客として通っていたときに「今度イベントあるから手伝わない?」と誘われたのがきっかけです。実際「あがりこぐち」はスタッフ同士すごく仲が良かったり、接客が大切に考えられていたり、みんながお金の管理とかもしっかりできていて、わたしもああいうふうになりたいなと思いました。
倉田さん:ひなさんにイベントを手伝ってもらったとき、このままずっと働いてほしい、と思いました。コミュニケーションが丁寧なんですよ。物腰が柔らかくて、老若男女分け隔てなく対応できる。指示がなくても、必要だと思ったことを先回りしてできる思いやりもありますね。その数日のイベントの中でも新しいことをぐんぐん吸収していく姿を見て、長く続けてもらいたいなと思って「あがりこぐち」で働いてもらうことになりました。
── 実際にあがりこぐちで働いてみて、印象に残っていることはありますか。
ひなさん:倉田さんがすごい褒めてくれることです。逆にミスをしても怒るのではなく、「なんでこうなったのか」「次に同じようなことがあった時はどういう対応をすればいいのか」など、具体的な改善点を出してくれるので、自分の行動を変えていきやすいと感じています。
あとは客単価やお店の経営状況についてもスタッフに教えてくれるんです。それを見て「あと目標まで何万円だ!」と自分たちの中で目標ができるので、すごく動きやすいですし勉強になりますね。
倉田さん:アルバイトスタッフには出し惜しみせず全ての数字を見せるようにしています。PL(損益計算書)もBS(賃借対照表)も全部教えてますし、会社の財務状況も全員知ってます。店の厨房のところにBSの赤字負債額もすべて書いてありますから。
こういう知識があると、仮にここが無くなったとしても生きていけますよね。何にいくらかかっていて、何で売り上げを上げていて、売れ筋はどれで、というさまざまな変数の中でお給料を支払えている、というお金の流れをすべて知ってもらいたいという気持ちで公開するようにしています。
── 学びといえば、スタッフの方々をよく産地にお連れしていると伺いました。
倉田さん:「大人の社会見学」という名前で産地訪問を行っています。よく行っているのはレモン畑ですね。レモンがどんな感じで育ってるのか、みんな見たことないんですよ。レモンの木が100m近く一列に並び、最盛期は圧巻の景色です。あとは水産関係、道の駅、地域でものすごい売り上げている繁盛店にも連れて行ったりしています。
ひなさん:ちょうど昨日も、エプロンの藍染め体験をしに福山の山野町に行きました。食材とはまた違いますが、藍染の職人さんたちにこだわりなどを伺いました。他では知ることのできない世界を覗くことができて、すごく楽しかったし勉強になりました。
倉田さん:「誰かが作ってくれているものがある」ということをお客さんにもお伝えしたいんですよね。このおいしいものがどこでできたのか、作り手はどういう顔をしているのか、伝えられるタイミングがあれば全部伝えたいと思っています。それがお客さんにとっても話の種になれば、その人がまたどこかで誰かに語ってくれることで、ぼくたちが良いと思っている価値観が世の中に広がっていくことになります。ぼくらが味わった感動をお客さんに伝えることができるという意味で、ぼくたち自身がおいしさを伝えるメディアでもあると思っています。
── お話を聞いていると「お店のため」という感覚以上のものを感じます。スタッフの方々にとってどのような場所でありたいと考えていますか。
倉田さん:全てのスタッフに対して、個人のやりたいことが少しでも叶う場所でありたいと思います。「何かやりたいことがあるならとりあえず全部ぼくに言いなさい。叶えられるかどうかは別にして、ぼくにできる範囲であれば紹介もするから」といつも伝えてるんです。ぼく自身、人生のモラトリアム時期にいろんな人に会ったり経験したことが、後で大きな財産になるということを経験してきました。やりたいことができたとか、行ってみたい場所に行けたとか、興味があることに触れ合えたとか、そういう場にできたらいいなと思いますね。
大切にしたい、この場所に生まれる「グルーヴ」
── ここまでのお話で「出会い」や「つながり」をとても大切にされているのが印象的でした。そう思うようになった理由を教えていただけますか。
倉田さん:「ブルースな生き方」という言葉を最近よく使っています。ブルース音楽は元々、奴隷としてアメリカに連れてこられたアフリカ系の人たちが生み出した音楽だと言われています。娯楽も何もない中で、悲しみとか悔しさとか怒りから生まれたものなんですよね。それってすごく人間らしいじゃないですか。このお店で生まれる出会いや物語も、土着で泥臭く生きていく人間たちのブルースの類だと思っているんです。
この地域のようなローカルの現場では、何かしらのつながりがとても大切にされています。道を歩いてたら「これちょっと壊れたからみてくれ」と知り合いに話しかけられたり、逆に仲間同士では「食材が余ってたらください」みたいな話もできたりします。そういった地域特有のブルース的なつながりが好きなんですよね。
── 倉田さん、スタッフ、生産者、お客さん、地域の方々など、さまざまな形でつながりが生まれているあがりこぐち。倉田さんにとって「両思い」とはどのようなものなのでしょうか。
倉田さん:飲食店は、いろいろな事情で人と人が離れることもある場所なんですよね。だからこそ、その瞬間だけでも誰か一人にとって何らかの救いになれたら良いですよね。この場所、この瞬間に分かち合えれば、それもまた素晴らしいことだと思います。「おいしかった」「楽しかった」「気が楽になった」「ちょっと疲れたけどいい1日だった」「また明日もがんばりましょう」みたいな気持ちになってもらいたい。
お店を営業していると、自然と一体感が生まれて、店全体が気持ち良くなる瞬間があるんです。その瞬間のことを音楽用語を使って「グルーヴする」と言っているんですけど、グルーヴしたその瞬間が両思いだと言えるかな。ぼくはカウンター越しにその様子を眺めていたいですね。
── あがりこぐちのこれからについて教えてください。
倉田さん:お客さんの数がどれだけ増えても、お店全体がひとつになるグルーヴを生み出していきたいんです。お店を移転したことで常連さんの顔ぶれも新しくなり、コミュニケーションの形も変わってきました。一方でスタッフのみんながぼくの仕事をどんどん引き受けてくれるので、その分ぼくは全体をみてバランスをとることに集中できるようになっています。思い通りにいかないことも含めて、あがりこぐちが次のフェーズに進むタイミングだと感じるんです。だからこそ、あらためてブランディングに挑戦して、今の状況に合った形にブランド方針書をブラッシュアップしたいです。その時はまたべーちゃんに力を貸してほしいですね。
(インタビューはここまで)
お店に伺った際に、名物のレモンサワーや内海町のかき小町などを実際にいただきました。お店作りにかける想いや食材へのこだわりを伺ってからいただく料理は、より一層美味しく感じられました。倉田さんとスタッフの皆さんが作ってきた暖かい雰囲気が心地よく、地域で愛される理由が分かったような気がします。この場所で生まれていくたくさんのブルース、そしてグルーブをまた体感しに行きたいです。
aiyueyoでは愛ある作り手のみなさんをこうした両思いづくりをブランディングという手段からご支援しています。詳しくはaiyueyo brandingのページもぜひご覧ください。