2026/06/08

もったいない野菜に、もう一度価値を。畑と人をつなぐ取り組みを続ける「ファームキャニング」の場づくり

神奈川県葉山町を拠点に「畑と人をつなぐ」事業を展開するファームキャニング代表・西村千恵さん。農業の現場で見た”もったいない”をきっかけに、ケータリング、コミュニティ運営、びん詰め製造とさまざまなことに取り組まれています。

それらに込められた想いや準備中のプログラム「自分の生きる軸を取り戻す場づくり」について、お話を伺いました。

野菜の彩りを楽しむ、ファームキャニングのケータリング

── まずは、ケータリング事業について教えていただけますか。

西村千恵さん(以下、千恵さん):まだ食べられるのに引き取り手がない、いわゆる”もったいない野菜”を使ったケータリングです。法人向けで、主に都内で開催されるメーカーやイベント会社さんの展示会や商談会が多いですね。50〜80人くらいのイベントでご利用いただくことが多く、最大で400人規模まで対応しています。

華やかな空間となるよう、食材の色鮮やかさを生かした盛りつけが特徴です。

ファームキャニングが作る食材の色彩を活かした鮮やかな食卓は、千恵さん自身が「楽しみたい!」という気持ちで作っているそう。

“もったいない野菜”を使った無添加びん詰め

── びん詰め商品についても教えてください。

千恵さん:びん詰め商品の製造・販売は、ファームキャニングの理念を体現した商品として、お客様にわたしたちを知っていただくきっかけになるものと考えています。

置くだけで絵になる、ファームキャニングの「びん詰め」

千恵さん:びん詰め商品を作るきっかけは、ヤギの餌になっていた野菜を持ち帰ったことですね。

わたしは第二子の妊娠をきっかけに仕事を辞め、都内から葉山に移住しました。目の前に海と山があるにも関わらず、地場産の野菜や魚があまり売られていなかったんですよね。特にわたしは有機野菜を手に入れたかったので、近隣に農家さんがいないかと探していくうちに、縁あって葉山の広大な敷地で新規就農する方の元で、1年間ボランティアをしました。

その農場は無農薬で野菜を育てていて、作業自体は楽しかったんですが、新規就農で土地自体あまり良くないということもあり、大変なことも多かったですね。無農薬なので虫もいました。毎度大騒ぎしながら、芋虫一個一個引きちぎりアクで手が真っ黒になる様子を見ていました。

ふと、都内のオーガニックカフェで働いてたときのことを思い出すと、農家さんが土地や虫と向き合ってできた野菜を届けてもらってたんだ、と改めて感じましたね。わたしたちは一般的にそうした苦労を見聞きする機会がないんですよね。このことをきっかけに、野菜の値段だけで選択するのは違うのではないかと強く思い始めました。

ファームキャニングの事務所には、地元の農家さんからの採れたて野菜が次々に届きます

千恵さん:そんな環境下で育った野菜なので、虫が這った跡があったり、小さすぎたり大きすぎたりとさまざまです。そのため、見た目やサイズがそろった野菜を重視するスーパーには納品できないものばかりでした。こだわって作ったいいものにも関わらず売り先がない野菜たちを仕方なくヤギの餌にしてたんですよ!

3か月毎日畑にきて、水をやって、虫も取っていた野菜が「ヤギのご飯」になっていることに愕然としました。

そんな現状をどうにかしたくて、「ヤギにあげてるその野菜、わたしに何とかさせてください!」って持ち帰ったんです。そのときの構想では、ご飯のおかずになるような総菜のびん詰めをつくろうと思っていました。

── びん詰めという形にしたのはなぜですか?

千恵さん:畑の作物で何か作ろうと考えたときに、ネタ探しでいろいろな本を読みました。

まずは、以前旅先で何気なく買ったびん詰めの本。パラパラと眺めたんですが、常温保存できるってすごいなと思いましたね。

以前、東日本大震災が発生したときに、停電で冷蔵庫が使用できなくなる経験をして、電気が使えないだけでわたしたちは食料を保存できなくなってしまうことに気づき、エネルギーに頼る暮らしの脆弱さを感じました。

ちなみにその本が、ファームキャニングの名前の由来になる「ホームキャニング」です。

あと、パタゴニアの創設者が書いた本には、「事業や仕事を起こすことはエネルギーを使うので、環境を壊していく活動に繋がる。だからそれを超える『環境保全に繋がる活動』をしないとプラスマイナスゼロ以上にはならない」と書いてありました。かっこいいし、「確かに」と思ったんです。

千恵さん:だから、わたしが事業を始めるとき、環境に負荷をかけてしまうのは嫌だなと。プロダクトを作るならせめてゴミにならないようにしたいという思いがありました。また、環境保全とビジネスを両立させようという思いもありました。

農作物から加工品を作る構想をしていたときも、パウチ素材は安いし簡単に作れますが、1度使っただけで捨てられてしまいます。でも、びん詰めだったら、自然素材のガラスでできていて、蓋の金属もびんも両方リサイクルできます。

しかもびん詰めは、何千年も前の冷蔵庫がない時代から、さまざまな国や地域で農作物を保存する知恵。それが未だに使われていることに驚き、今こそリバイバルすべきと使命感のような思いを抱きました。

千恵さん:とはいえ、わたしはいわゆる丁寧な時代の食に戻ったほうがいいとは思いません。みんなそれぞれのライフスタイルを楽しめばいい。でも「忙しいからとりあえずでいいや」という食べ物が、自分をむしばむというのは放っておけません。むしろ忙しい中でも本物に触れることができる食べ物を作れたら最高だな、と思ったんです。

そこで、添加物を使わず常温保存もできて、値付けのされない野菜たちに付加価値を付けるびん詰めを作ろう、と決意しました。

苦節4年。添加物なし・常温保存できるびん詰めができる道のり

── びん詰め商品の開発は、かなり苦労されたと聞きました。苦労したのは、どんなところでしたか?

千恵さん:どうしたら常温保存できるびん詰めを作れるか、知っていますか。

実は保存料を使用せず、常温で保存可能な商品にすることは大変なんです。これがびん詰めの最大の価値だと思っていて、今の形に落ち着くまで4年くらいかかりましたね。

千恵さん:最初、総菜のびん詰めを作ってみたんですが、中身によってうまくいくものもあれば、腐ったり発酵し始めたり失敗するものもあったんです。

常温保存を可能にさせるには、びんの中で菌が発生しない環境を作ることが重要です。

そのためのポイントがいくつかあるのですが、わたしたちの場合、真空状態を作ることと、酸度を高めることが特に大事であることに行きつきました。

ファームキャニングでは、塩と醤油、酢などで酸度を調整しています。もちろん風味を損ねたり、加熱によって味がぬけたりしないよう、味を担保しています。

真空状態をつくる作業は、昔ながらの作り方を参考にしています。びんにアツアツの野菜を入れて、びんをお湯の中に入れて蓋をすると空気が膨張して、蓋がパンパンになります。そこで蓋をシュッと開けてすぐ閉めると、ほぼ真空状態になるんです。さらに70度以上で10分以上加熱する「熱殺菌」という処理をします。その後、30分以内に30℃以下へ冷却します。

このような昔からある技術を知っておくと、旬のものがたくさん取れたときに誰でもびん詰めを作れるので、ぜひやってみてほしいなと思います。

人と畑をつなぐコミュニティ「畑クラブ」

── コミュニティ事業についても、教えてください。

千恵さん:ファームキャニングのコミュニティは、変化しながらずっと続いています。自分たちの食べるものはどのように作られるのかを知るために、土に触れる機会を作っています。

コミュニティ事業の始まりは、月に一度、わたしがボランティアをしていた農園で、畑仕事とびん詰め作りを楽しむ ”ファームキャニングスクール”でした。わたしが都内からこちらに越してきてから過ごしている「自然に囲まれた場所で時間を過ごし、美味しいものを食べる」というとびきりに幸せな時間を、たくさんの人と共有したいと思ったんです。

畑クラブでは月に1回、畑で農作業をしたり、ワークショップを行ったりしている

千恵さん:わたしたちの食卓の背景には、生産者の日々の取り組みがあることを感じてもらうために、月に1回、雨の日も晴れの日でも畑に集まって、春夏秋冬の1年を体感してもらおうと決めました。「学ぶ」というよりは、おいしく楽しく知る場ですね。畑との距離を縮めるための場づくりとして機能していたと思います。

その後、コロナ禍になり、「自宅の小さな庭で野菜を育てよう」というテーマで、わたしは逗子の小さな土地を借り、そこからオンラインで発信して、メンバーとつながる取り組みを2年間実施しました。その後何か所か場所を移し、今は寒川町で畑ワインクラブをやっています。

神奈川県寒川町で栽培している新品種のブドウ「メイヴ」

寒川町の畑では、藤沢で発見された新品種のブドウ「メイヴ」を無農薬で栽培しています。一般的に、果物は無農薬で栽培するのは難しいと言われているんですが、この品種は無農薬でも栽培可能で、さらには気温がマイナスでも生き延びることができるんです。

「メイヴ」の苗を管理されている方からお話を聞き、ぜひ栽培したい!ひとりでもやりたい!と思いました。でも、畑がない……というご相談をしたら、寒川町にある耕作放棄地で一緒にやってみませんかと提案いただき、2024年からスタートしました。

法人向けプログラム「生きる軸を取り戻す場づくり」

── 最後に、今後の展望や力をいれていく取り組みについて教えてください。

千恵さん:これから力を入れたいのは、法人向けの研修プログラムです。

生産者さんの元に企業の方々をお連れし、予測不可能な自然や気候を相手に柔軟に立ち向かう仕事の姿勢やその中でチャレンジする力、特に「自分の信念を仕事に繋げる生き方」からたくさん学んでもらいたいです。

生産者さんにとっても、ただ作った農作物をお金に変えるだけでなく、彼らが生きてきたこと全てを価値として届けることができると考えています。‎

わたし自身、生産者さんや畑から直接感じることがあまりにも大きかったんです。無農薬や有機栽培という、あえて難しい方法の農業にチャレンジしている生産者さんの美意識や信念、価値観を持ちながら、経済活動を両立させることは理想ではありますが、現実では難しいことも多いです。だからこそ、その活動を継続されている方たちをわたしは心から尊敬するし、自分も信念を貫いて進もうと勇気をもらっています。

これから先が不透明な現代において、企業が求める人材の要素は、生産者さんたちのような柔軟かつチャレンジングな姿勢や取り組みの中にヒントがあるはずだと思い、現在プログラムを組み立てているところです。

生産者さんたちとつながりを持ち、体を動かしながらぜひ体感してほしいですね!

今後ファームキャニングは、畑や生産者さんと誰かをつなぐ、翻訳者や仲介者みたいな役割になると思っています。

千恵さん:ファームキャニングは「CELEBRATE LIFE」という言葉を掲げています。これは「全てのいのちを祝福しよう」「自分の人生を謳歌しよう」という二つの意味を持っていて、自分を生かしてくれる食べ物と、それを作る人たちを分断せず、自分たちの一部として感謝するという考えです。

わたしたちは自然の一部であり無駄な「いのち」はひとつもない。それならば奇跡的に生を受けた者として思い切り人生を生きよう、という祝福のメッセージを込めています。

人生の中で、自分の軸を見失い、悲観的になったり辛くなったりしたとき、自分の「いのち」をどう活かすのか。それは自然の中で過ごしたら、おのずとわかると思っています。植物は、芽を出した後、花を咲かせて種を付けて、そして枯れていきます。その過程は、他の動植物にも影響を及ぼし、役にも立っていますよね。それが自然界の摂理であって、人間も同様だと気がついたんです。

具体的な方法を見つけるとか、何かを成し遂げるとかではなく、もう生きてるだけでいいんだという瞬間に立ちあえたら、人生100%満足なんですよね。そう考えると、人が自然の「いのち」の循環の一部であると立ち返ることが、わたしは必要だと思っています。

そこに戻る方法のひとつが、ともに食べ、畑で土に触れ、人に会う。そういった「自分の生きる軸へ戻る場」をこれからも作っていきたいと考えています。

(インタビューはここまで)

今回の取材は、手作りの野菜たっぷりのまかないランチをいただきながら行われました。食卓を囲む温かな雰囲気は、まさにファームキャニングの世界観そのものを体現しているように感じました。

現在取り組まれている3つの事業は、一見バラバラに見えますが、「畑と人をつなぐ」「いのちを大切にする」と点で常に一貫性があり、紆余曲折あったとしても、向かっている方向はいつも同じであるように思いました。「いのち」を考えるきっかけを畑からつくり続けるファームキャニングの取り組みを、これからも応援しています。

ライター/なべたけいこ、編集/あず