2019/11/20
-暮らすと働く。幸せの境界線vol.1-ママが働きやすいことを第一にした農園経営【絹島グラベル】
※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。
このマガジンは「畑のそばに生きる様々な人」と「その暮らし」の紹介を通じて、皆さんと一緒に生き方の選択肢を再発掘していくメディアです。
第1回目にご紹介するのは、栃木県宇都宮市で西洋トマトを中心とした「絹島グラベル」を経営する長嶋 智久・絵美(ながしま ともひさ・えみ)ご夫妻です。
絹島グラベルではなんと、土日祝日、子どもの行事、大型連休はお休み、さらには午前中だけ勤務や子どもの病気等による急な休みもOKという、働きたい子育て世代にとって最高の勤務要件を設けています。現在勤務されるパート従業員8名のうち7名が子育て中のなんだとか。
働く方はありがたい一方で、雇い主としてはリスクにも思える条件にしているのはなぜなのでしょうか。おふたりが目指す「暮らしを中心においた農園経営」とは一体どういう農業なのか?ハタケトの阿部・有本がお話をうかがいました。
経営方針は「ママたちに安心して働いてもらうこと」
ハタケト 本日はよろしくお願いします!
智久さん こちらこそよろしくお願いします。農園経営の話ということなので、妻の絵美も同席させてください。経営のことは99%、ふたりで決めているので。
絵美さん よろしくお願いします。
ハタケト もちろんです!ではさっそく、絹島グラベルとおふたりのこと、あと採用に関することについて教えてください。
智久さん 絹島グラベルは創業13年目のトマト農園です。主にヨーロッパで人気のある、小玉や中玉の品種を中心に栽培しています。
ぼくは元々、両親が経営するパソコン屋に勤めていましたが1日中太陽の光を浴びることもなく、両親もガミガミしてる環境で働くのはストレスが大きくて、一念発起してひとりでトマト農家をはじめたんです。
絵美さん わたしは卒業してすぐに結婚、出産をしたため会社に勤めた経験はありませんでした。夫が会社を辞めて農家になると言ったときは驚きましたが、毎日疲れ切っているのを見ていたので、やりたいことをしてほしくて賛成しました。ただ、体が弱かった長男を子育てしていたため、当初わたしまで農園で働くことは難しかったです。
智久さん 最初はなかなか売り上げもなく、5年くらい経ってやっとスタッフの採用ができるようになりました。それが7年前です。
できるだけ子育て中のおかあさんたちを雇用したいと思いましたが、おかあさんたちは超多忙ですよね。だからせめて勤務条件を良くしようと思って、休日も行事のある日も大型連休も休みという条件にしたら、15件も応募がきたんです。採用枠は1名だったのに。経営者として本当にこの条件で正しいのか確信はもてませんでしたけど、いい人がたくさん反応してくれて自信になりました。
絵美さん わたしが農園の仕事に関わるようになったのは下の子が小学校低学年になり、子育てに余裕が出てからです。本当は、仕事がしたいと思って職探しをしたのですが、子育てしてることでなかなか希望とあう条件の職場を見つけられませんでした。それで、夫の農園に来て、袋づめとか、人手が必要なときに関わるようになったんです。
その後、栃木県が主催する「とちぎ農業ビジネススクール」の農業経営塾にも参加して、3年前からは経営に携わるようになりました。ちょうど同じ時期には「とちぎ農業女子プロジェクト」にも参加し始めて、そこでも勉強になることがたくさんありましたね。
智久さん 農業経営塾は、最初ぼく自身を誘っていただいたのですが、彼女の方が向いていそうだと思って行ってもらいました。よく「財布の紐は奥さんが握った方がいい」といいますが、自分で決めて失敗することが多かったので、経営の財布も妻にみてもらいたかったんです。
ハタケト おふたりで手を取り合って経営されているのですね。絹島グラベルのコンセプトや大事にされていることはどんなことですか。
智久さん 今いちばん大事にしているのは、パートさんに楽しく安心して働いてもらうことです。それができないんだったらできるような仕事に変える、トマトじゃない農業をしてもいいってくらい、大事にしています。
絵美さん 特に、子育て中のおかあさんたちには楽しく働いてもらいんたいです。わたしは群馬県川場村(かわばむら)という雪が多いところの出身なんですが、子どもの頃、初めて村にスキー場ができたことで農家の奥さんたちがスキー場で働くようになりました。それまで冬場に仕事がなかった奥さんたちが目をキラキラさせて楽しそうに働く姿が今も記憶に残っています。そのため夫から、子育てしてる方に好条件の採用を考えてる、と相談されたときは大賛成でした。
農園の仕事は体力も重要で、わたし自身も働きはじめは大変でしたが、認められたり、自分の視野が広がる経験を重ねていくうちに楽しくなりました。わたし自身の経験も活かして、子育て中のおかあさんたちが働ける環境を作りたかったんです。
社会の財産として「子ども」を大切にすること
ハタケト 「子育て中のかたが働きやすい環境」のためにどのような工夫をされていますか。
智久さん まず勤務時間は午前中心です。パートさんたちの仕事終わりは正午〜13時まで、お弁当を作るのも手間になるでしょうから、職場でのお昼ご飯はなしです。だって、お家に帰って足も投げ出して食べてもらった方がきっと楽じゃないですか。
それと今は、ずっとやっていた大玉トマトの栽培をやめました。大玉トマトは月曜に出荷しないといけなかったのですが、そのためには土日に働くことになるんです。普通だったらここで土日に働ける人を探すと思いますが、うちは大玉の出荷をやめちゃった。ちょっとおかしいかもしれないけど(笑)同じ理由で、大玉じゃないミニトマトなども月曜出荷は避けさせてもらってます。それから、繁忙期にかたよりが出ると必要な人数も時期に影響されてしまうので、なるべく収穫適期が長い品種を扱うように変えてきました。
また、子どもが体調不良のときは、当日連絡で休めるようにしています。今日も予定では5人体制でしたが、ひとりは子どもの体調不良でお休みでした。それによってその日に予定していた作業が完了しないこともありますが、翌日やればいいと思っています。
絵美さん わたしも「子育て中はそうじゃないと働けないよ〜」と自分の感覚で主張してますね。
ハタケト 一般的な会社の感覚だと、予定通りいかないと目標達成が難しくなるのでは、と思ってしまいます。理想の働き方と売上の拡大は、どう両立されているのでしょうか。
智久さん ハウスごとの収量を予測管理する農業支援ソフトなどを使い、余裕をもった生産体制を組んではいます。それでも正直キャッシュが回らないこともあるので、経営が完璧にうまくいっているわけではないんです。ただ、普通の人は胃が痛くなる状況でも、ぼくは大丈夫。胃が強いので(笑)
また、妻と共通の認識として、家族が幸せで、子どもがやりたいことできるお金があれば、それ以上のお金はいらないと思っています。自分たちだけが稼いでいい思いをするよりも、妻やパートさんたち、そして彼らの子ども全員が笑顔になれるようにしたいんです。
子どもを大事にするというと、例えばアフリカの子どもに慈善事業をするとか、地域の子どもに農業体験をさせるといったことが考えられます。実際、こうした取り組みはたくさんあるし、素晴らしいですよね。じゃあ、僕ら絹島グラベルだからできることってなんだろうと考えたとき、子育て中のおかあさんにお金が入るようにバックアップするという現在の方針に至りました。
この取り組みに確信をもてたとき、一生続けていこうと思いました。そう思えたきっかけは、東日本大震災のときです。多くのミュージシャンが被災地に出向き励ましのライブをする中で、一部のミュージシャンは「これからボランティア活動に参加する人たち」に向けた、無料のライブを都内で行なっていたんです。素晴らしい後方支援で、冷静な決断だと感銘を受けました。おかあさんたちに経済力をもってもらう形での子育て支援も、同じような意味があると思っています。
絵美さん 日頃から夫と話をしているのは、子どもたちには笑っていてほしいということ、それが一番の願いです。それを基準にして、今の経営方針に繋がっています。お金はもちろん大切だけど、社会の財産として子どもたちを大切にすることが、わたしたちの人生のテーマでもあるんです。
わたしはパートさんの採用をするときも「子どもを大切にしてる人かな」と考えながら採用を決めています。
智久さん 仕事が楽しくてつい作業に没頭しちゃう人よりも、子どものことを考えて時間になったら切り上げられる人の方が、僕らと似た感覚で気が合いますね。
モチベーションも変わった、先輩の言葉と農業のあり方
ハタケト 本当に強い意思を持っていらっしゃって、感銘を受けます。
智久さん いえいえ、先輩方から学んだエッセンスがなければ、自分は芯がない、ふにゃふにゃな人間です。実は、僕はもともと車が大好きで、農園を始めた頃は欲しい車を買いたい!という思いがモチベーションでした。結婚した頃に、三菱のGTOというスポーツカーを中古で買ったんですけど、事故で廃車にせざるを得なくなって、でもどうしてもまた買いたい!と思って、GTOの写真を農作業用帽子のつばの裏に貼りながら農作業してたんです。
でも就農して5〜6年した頃、栃木市のトマト栽培の大先輩で、大山 寛(おおやま ゆたか)さんという方の講演を聞いて考えが変わりました。
大山さんは「雇用創出は地域貢献」と言っていたんです。子育て世代の女性たちを雇用する意味も伝えていました。「田舎には仕事がない、旦那さんは通勤して仕事ができるが奥さんたちはそれが難しい。でも働きたい女性を10人雇用したら、地域に10軒分の生活費を供給できたことになるんだ」と話してくれました。ぼくが人を雇用できるようになったのはそれから2年後になりますが、このときの言葉はずっと心に残っていました。
その頃色んな先輩とも飲みに行きましたが、尊敬できてかっこいいと思う先輩はだれも、いい車に乗りたいなんて価値基準じゃないことに気づいたんです。その頃にはちょうど、帽子のつばの裏に貼っていた車の写真もノリが剥がれてどっかいってました(笑)
人をおおらかにする畑の力
ハタケト 先輩の教えをきっかけに、性格も変わられた、と。
智久さん 性格の変化は農業をはじめたこと自体が影響しているでしょうね。浮き沈みはあるけれど、農家の魅力のひとつはおおらかに、楽しく仕事ができることですから。ぼくはパソコン屋から畑に入ったことで視野が広がったし、たとえちょっと嫌な人が相手でも「話は聞こうかな」という気持ちがもてるようになりました。それが土のもたらす効果なのかどうかはわかりませんが、土の上にいる時間が増えてから物事の捉え方が変わり、おだやかになりましたね。
絵美さん パソコン屋のころと比べて、彼自身とてもおおらかになりました。以前はすごく細かいことを気にして子どもにもすぐ怒っていたけど、今はほとんど怒らないです。
智久さん 今も気にはなってるんですけどね。子どもたちが服が脱ぎっぱなしでも、お箸を揃えていなくても、ぼくが怒ることで彼らの将来を変えられるわけじゃない、と思うようになりました。子どもたちの将来のためを考えるなら、もっと長い時間軸で考えて、未来のためにエネルギーを使いたいな、と。だって農業でも、毎日1〜2mm枝が伸びたな〜、なんて考えないじゃないですか。1週間で伸びてなきゃもう1週間待つだけです。
ひとづき合いも変わりましたね。パソコン屋のときは人との接触自体がストレスになっている時期もあったんです。でも農業では人と接する機会が少ないので、逆に人恋しくなってくる。だからたまに誘われると喜んで行きます。そして「この人の人生を知りたい。学ぼう」というスイッチが入る。そういう意味では昔よりも人たらしになったと思いますね。
絵美さん 子育て中の女性たちにも同じことが言えると思うんです。畑にいると、日常のことを忘れてニュートラルになれますから。
実際に働くパートさんの声も聞いてみた
取材時にちょうど作業されていたスタッフさんたちに、絹島グラベルで働いた感想を聞いてみたところ、おふたりともとても明るく教えてくださいました。
Hさん ここのパートメンバーはほとんどが子育て中ですし、長嶋さんたちも子育てをされているので、「子どもが風邪をひいて行けません」と連絡しても全員理解して受け入れてもらえますし、他のかたがお休みになったとき、わたしもなんとも思いません。持ちつ持たれつですからね。
Yさん 採用してもらって以来、楽しくお仕事しています。どうしても子どものことで急にお休みしなきゃいけないことも起こってしまうのですが、ここは受け入れてくれるのでありがたいですね。それと、トマトたちもなんだか可愛らしくて、手入れするのが楽しいです。
スタッフの方々も含めて、絹島グラベルの根底に流れる「子どももトマトもみんなで愛して育てていこう」というマインドを感じることができました。
暮らすことと働くこと。その心地よい境界線がここでは大事にされているようでした。
絹島グラベルを訪問し、感銘を受けまくったハタケトの阿部・有本。次回は女性が子育てをしながら働くことについてより深く考え、お届けしていきます。
どうぞ引き続き「ハタケト」をお楽しみください。