※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。

このマガジンは、様々な形で暮らしに「ハタケ」を取り入れている人やその暮らしの紹介を通じて、自然と自分、双方を愛せる生き方を提案するライフスタイルメディアです。

今回お話をお聞きするのは、家業の育苗業を継いだ「文化農場」の、小野未花子  (おのみかこ)さんこと、「おのちゃん」さんです。育苗(いくびょう)業とは、野菜などのタネから苗までを育てて販売する農家のこと。文化農場では、主に家庭菜園用の苗を育て、農場での直営店と全国各地のホームセンターに届けています。

家庭菜園を楽しむ人にとっては欠かせない大切な「苗」ですが、おのちゃんご本人はかつて、家業に対してコンプレックスを抱いていたそう。それでもなぜ家業を継ぐ決心をしたのか。そこには、家庭菜園の可能性へかける、熱い思いが込められていました。

家業から1番遠い国際公務員を目指す

ハタケト現在、家業の育苗農場を継がれていますが、最初は農家ではなく、国際公務員を目指されていたとお聞きしました。

おのちゃん実は中学生の時から、「将来絶対に農家にはならない!」と思っていたんです。その頃得意だった英語を伸ばして海外に行けば、家業を継がなくて済むと考えたことが始まりでした。

以前、高校の研修でタイを訪れた時、道端で雨水を飲んでいる子どもがいたんです。その姿を見たときに、生まれる環境によって起きる不平等さに衝撃が走りました。国際公務員になって、社会問題を政治的視点で解決していく人になりたいと思ったと同時に、農家にならなくてもすむのでは…?と考えて、そのまま大学にも進学しました。

ハタケトそれほどまでに家業を継ぎたくないと思った理由はなんだったのでしょうか?

おのちゃん今でも鮮明に覚えているのですが、きっかけは小学校の高学年の時でした。それまで農場は大好きな遊び場といった感じで、泥団子をつくったりミミズを観察したりと、農場で過ごす時間も多かったです。

ですが、校外学習の一環として、同級生が家業の見学に来た時にクラスメイトに「お前んち農家!」といじられるようになったことが嫌で……そこからは農場に足を踏み入れるのでさえ嫌と思うほど、家業をコンプレックスに感じるようになってしまいました。

従姉妹と一緒に農場で遊ぶおのちゃんさん(真ん中の少女)

離れて初めて気づいた家庭菜園のポテンシャル

おのちゃんロンドンの大学院で国際マーケティングを勉強した後、イギリスの教育系ベンチャー企業に就職し、念願だった「家業から離れた生活」も実現することができました。

この時、なんでイギリスを選んだのか自分でもわからなかったのですが、実はイギリスは、家庭菜園が有名な園芸大国だったんです。農業から離れたいと思いながらも、気づけば頻繁に園芸ショーやファームステイに通っている自分がいました。

イギリスの家庭菜園収穫イベントにて

ハタケトもしかして潜在的に家業を気にする気持ちもあったのかもしれないですね。

おのちゃんそうなんです。イギリスの家庭菜園ってとてもクリエイティブなんですよ。例えば、日本では苗を植えると決めたら迷わずにプランターを選びがちですが、イギリスでは「プランターを探そう」から家庭菜園が始まるんです。

それも、トイレのタンク上にある蛇口の部分で苗を育ててみたり、古いソファのクッションを取り除いてそこで苗を育てたりと、野菜を収穫するためだけじゃなく、育てる過程からも楽しんでいるのがとても素敵で、これを日本でもできたら最高だろうなと考えていました。

ハタケトおもしろい!とってもクリエイティブで素敵ですね。これを機に家業への思いも強くなっていったのですか?

おのちゃんそうですね。イギリスには約4年滞在したのですが、後半は育苗農家として、日本でどんな価値を提供できるんだろう?と考えるようになっていました。次第に家業を嫌だなと思うのではなく、どうやったらいいのか、と考えるように変化していきました。

世界中の著名なガーデナーが集まる「英国王園芸協会の園芸ショー」にて

土に触れる機会を取り戻す

ハタケト日本に帰国後は、そのまま家業を継がれたんですか?

おのちゃんいえ、結構慎重派なのもあり、最初は副業として家業を手伝うことからスタートしました。というのも、農業の現場に入ってしまうと、自身の視野が狭くなるのではないかと恐れていたからです。あえて家業は半分だけにして、イギリスの企業の立ち上げなど、帰国後も海外事業に携わる生活を続けていました。また、育苗農家としてやりたいことがまだ明確でなかったことも理由の一つですね。

文化農場のハウスでは、たくさんの苗がすくすくと育っています。

ハタケトでは、本業にしたいと思うようになったのは、いつ頃、どんなきっかけですか?

おのちゃん家業に関わりはじめて2年経ち、今私がやらなければいけないと実感したことがありましたそれは、日本に帰国後に感じた、日本人はあまりにも自然とかけ離れた生活をしているという違和感です。

例えば、友達の子どもが観葉植物の土に触れようとしたときに、「汚いから触っちゃだめ」と子どもに言ったことがあったんです。土は汚いものという認識や、一方でテクノロジーが身近になり幼い頃からiPadを使いこなし、土には触れる機会がなくなっている姿を目にしました。まるで、自然は自分たちから見つけに行く存在かのように自然と解離してしまっているところを解消したい。それができるのが家庭菜園なのでは?という使命感に駆られるきっかけになりました

ハタケト家業との関わり方を模索する中で使命感が見つかったんですね。

おのちゃん都会の人でもベランダを自然な環境にすることは可能ですし、プランターで土を使って野菜を育てることもできます。農家のおばあちゃんのように自然に触れることで、空模様を気にしたり、気候を感じたりと五感をフルに使って思考することがその人のクリエイティブに繋がると思うんです。AIやロボットが進化していく中で、人間が絶対に失ってはいけない感覚だと思っています。

ハタケト土に触れていると心が落ち着くというか、癒されるというか、メンタルヘルスケアに近い役割もしてくれますよね。

おのちゃんそうですね。日本に帰国した後、わたし自身も家庭菜園をしていたのですが、日常生活がどんなに忙しくても、やっぱり土に触れている瞬間はストレスフリーになれました。植物は生きものなので、触れていることでやりがいや使命感が生まれ、鬱や孤独感が解消されるという話も聞いたことがあります。家庭で手軽にできる水耕栽培なども流行っていますが、私は土に触れて土で育てることに価値を置いて、これからもやっていこうと思っています!

家庭菜園の可能性とは

おのちゃんさん(左)文化農場のハウス内にて。

ハタケト今後、家庭菜園をどんなことに活用していこうとされているのですか?

おのちゃん:やりたいことは大きく2つあります。ひとつは、家庭菜園を福祉施設の中と外をつなげる役割にしたいと考えています。実際、いくつも福祉施設を見学させていただいたのですが、植物と触れる環境のある場所は、皆さんが生き生きとされているんです。施設内に菜園があることで、メンタルヘルスケアだけでなく、訪ねてきたお孫さんと遊べたり、一緒に収穫する楽しみにもつながるのではないかと考えています。

もうひとつは、子どもの近視率を下げることに貢献したいです。スマートフォンなどのデバイスを至近距離で見ることが増えたことも影響して、小学6年生の近視率はなんと9割近いそうで、改善策は目の筋力を養うことだと聞きました。植物の観察や遠くの山を見る習慣を身に付けることで、結果的に近視率を下げることにも繋がると思っています。

ベランダに出るだけでも家の中にいるよりずっと視点が遠くなるので、目を鍛える習慣になりますし、そのために家庭菜園を活用していきたいんです。今年からはプレスクールなどで子供向けの家庭菜園のワークショップを開催する予定です。

広大な敷地にハウスが並ぶ、文化農場。

ハタケトご実家である「文化農場」という名前も特徴的だな、と思うのですが、どんな由来があるのですか?

おのちゃん:「家庭菜園は文化の伝承」という父の言葉からです。家庭菜園は単純に育てて食べるだけが喜びでなく、育てる過程での学びや五感を代々受け継いでるものだと思います。もちろん、苗を販売して目の前のお客さんが喜んでくれることも大切ですが、家庭菜園を日本の文化として次世代に受け継いでいくということを、この文化農場からわたしも発信していきたいと考えています。

毎日トライアンドエラーの繰り返しなのですが、それを一緒に応援してくださる方も多くて、「文化を育てる」ことを最終目標に進めていければと思っています。

(インタビューはここまで)

家業から離れ、一度は海外で自身の夢を叶えたおのちゃんさん。海外で生きる人生も素敵なのに、帰国して家業を継ぐ決心した思いがカッコよく、画面ごしからもキラキラとした土への強い愛を感じることができました。

皆さんも、部屋に花を飾ったり豆苗を育ててみたりと、日常生活で心を穏やかにしてくれる植物の力を、おのちゃんさんの言葉を通して改めて振り返ることができたのではないでしょうか?

今年はわたしも、土に触れ五感をフル活用した暮らしにできるよう、ペットボトルや牛乳パックなどの廃材をプランターにし、おのちゃんさんの苗で小さな家庭菜園から挑戦してみたいです!

ライター/脇坂 麻友美 編集/やなぎさわ まどか

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INFORMATION

おのちゃん

おのちゃん

文化農場3代目。祖父が創業した家庭菜園用の育苗業後継。関西学院大学、英国ロンドン大学院を経てロンドンでのスタートアップ経験。帰国後は教育ベンチャーに勤務後、実家に戻り家業である文化農場を経営する。