2022/05/17

もう恐れない。適応障害を乗り越えたわたしから、心がお疲れの人に伝えたいこと

※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。

こんにちは。野菜を愛する管理栄養士、いまむらゆいです。これまでハタケトで野菜のおいしい食べ方についてのコラムを書かせてもらっています。

5月のハタケトのテーマである「こころ」。見えないものであるからこそ、ときに向き合うことが難しいと感じるかもしれません。以前の記事にも書いていますが、わたしは大学時代に適応障害を経験しました。自分自身が内側から壊れていってしまうような忘れられない感覚。そこからすこしずつ回復していくわたしの中には、ハタケの存在がありました。

今回は料理に関してではなく、こころとハタケとの繋がり、ハタケで見つけた生きる力についてをお話ししたいと思います。少し心が疲れたなと感じている方へ、何かヒントになれば嬉しいです。

こころが崩れる、忘れられない経験

わたしが適応障害を発症した背景には、自分ではどうにもできないことにも悩み、苦しみ、自分を責める「こころの在り方」がありました。

疲れを癒すことでさえ、サボっているように思い込み、疲労を溜め、思考が止まり、悪循環に陥っていきました。それでも誰かの役に立たなければ、と動かない頭を必死に動かそうとしていたのです。

息をするのも辛いくらい生きづらくて、小さな世界に閉じ込められた感覚。あるとき限界がきて、こころの動きがパッタリと止まってしまいました。

時間とともに適応障害の症状が落ち着き、日常生活を取り戻すことができましたが、その後もずっと再発を恐れる気持ちは残ったままでした。

ハタケとのご縁。救われたこころ

発症から半年ほどが経ったころ、わたしはハタケと出会います。大学3年生、就活に向けて本を読んで知識を身に付けたり、環境が大きく変わる就職後に適応障害を再発させないよう必死で、頭でっかちになっていました。

そんなとき、大学の職員さんの紹介で、生産者と商業者が一体となった地産地消団体さんと繋がります。そこで出会ったハタケの風景が、わたしの縮こまったこころと体を一気にほぐしてくれました。

パーっと目の前に広がる畑に一歩踏み入れれば、自分がどれだけ小さく窮屈な世界を見つめていたのかを思い知らされるのです。

作業場にある土のついた採れたての野菜たち。

普段目にすることのない大きなトラクター。

家の敷地内にある井戸。

農家さんの苗字の頭文字が刻まれた蔵。

軽トラの荷台からの風景。

歩いても歩いてもそこは農家さんの敷地内という開放感。

そのひとつひとつが新鮮で楽しい。畑に行った後は、幸せな疲労感でいっぱいになっていました。

ふと感じたのは、わたしらしく楽しんでいる、というだけで周りの人もなぜか笑顔ということ。畑仕事をして喜ぶわたし、野菜を手にして笑顔いっぱいになるわたし。特に役に立ってはいないけれど、ただ笑って喜んでいるありのままのわたしをハタケにいる方々は優しく温かく見守ってくれていました。

いつのまにか適応障害の再発を恐れるよりも、目の前のことを楽しむのに忙しく夢中になっていきました。情報であふれる都会と比べれば「何にもない」と言われてしまう場所に、わたしの求めていたものが全部あったのです。

適応障害の経験をすっかり忘れたわけではありません。極端にいえば、また再発してもいい、つらい気持ちを忘れようとしなくてもいい、起き上がる方法はもう知っているから大丈夫。わたしには、ありのままの自分を受け入れてくれるハタケの存在があるから。と、思えるようになっていました。

弱い自分を否定して、必死で強い壁を作ろうとするよりも、柔らかくしなる植物のように風を受け入れ、少し休んで次に進む。それでいいのだ、と思えるくらい、ハタケはわたしの心を耕してくれました。

(大雨によってなぎ倒される、とうもろこし畑)

農家さんのそばで働いていた会社員の頃から痛感するのは、ハタケは常にコントロールのきかない、思い通りにいかないものとの隣り合わせということ。季節によって移り変わる天気、気温、湿度。猛威を振るう台風がハタケを直撃しないことを祈るしかありません。それでも農家さんは被害を最小限にするための工夫と、その後のケアをどれだけできるかを常々話していました。

「コントロールできるものとできないものを分け、できるものに目を向ける」

「ありのままを受け入れ、次に進む」

ハタケに教わったことはその後の人生においても、自然と役に立つのです。

家族との暮らし。子育てとハタケの教え

会社員を経て、結婚・出産後は、都会からも近い田舎町で、少し直した中古の家で3人暮らしをしています。「この町の人は暮らしを楽しもうとしている人が多い」そう感じたのも移住を決めたきっかけです。

家の目の前には畑があり、定年後に趣味ではじめたというおじいさんや、自分たちで食べるためだけに作っているというご夫婦など、それぞれ思い思いに畑作業を楽しんでいます。採れたての野菜のおすそ分けをいただくこともあり、そこから弾む会話が楽しくてしょうがない日々です。ハタケはまたわたしに新しい繋がりを連れてきてくれました。

(ご近所さんからのおすそ分け。個性あふれる採れたていちご)

初めての子育ては思い通りにいかないことが当たり前。子どもの行動をコントロールしようとすればするほど、疲れてしまいます。産後は特にメンタルが崩れやすい時期。適応障害を経験していたこともあり、産後うつになる可能性も視野に入れていました。

そんなときにわたしが大切にしていたことは、心が疲れているときは助けを借りて、徹底的に自分を休ませてあげる。落ち込みたいときには、徹底的に落ち込ませてあげる。泣きたくなったら、飽きるまで泣き尽くす。自分の感情を否定し溜め込まず、受け入れることを大切にしていました。

変わっていく天気のように、植物が風に揺れるように。ありのままの自分を受け入れ、次に進む。ハタケに教わったことは、初めての子育てをするわたしのこころも支えてくれました。

素材の魅力を引き出すレシピと自分らしさを受け入れること

世の中の状況や子育てで引きこもりがちな生活に潤いをもたらしてくれたものも野菜です。わたしは育った情景が浮かぶような、ハタケのそばにある野菜が大好きです。

切るだけ、生で食べるだけでこんなにもおいしいことを知ったときには、底知れない感動がありました。何かを足すだけではなく、素材のよさを見つけ出すことの魅力と楽しさを身をもって実感したのです。

自分らしさを受け入れることと、素材の魅力を引き出すレシピはなにか繋がっているようにも感じています。

個人のインスタグラムでは、野菜を使ったレシピを200品近く発信しています。ひとつひとつが、野菜の素材を楽しめるお気に入りのレシピです。

自分や家族がおいしいと思ったレシピを共有し、フォロワーさんと分かち合えることが嬉しく、なにより自分自身が楽しんでいます。友人のために始めたレシピ投稿ですが、これからも自己表現のひとつとして続けていきたいと思っています。

野菜を食べることは自分を労わる食べ方のひとつ。わたしはそう思っています。管理栄養士という資格を持っていますが、栄養素などの知識だけで食べず、こころで食べ、喜びを分かち合うことが健康で豊かな食卓に繋がると考えています。

野菜のおいしさ、楽しさを1人でも多くの方と共有したい。その気持ちがふつふつとしてきた最近では、2年ほどお休みしていた「野菜の切り方レッスン」という野菜を切るための包丁の使い方をお伝えする教室も、今年からオンラインで再開する予定です。

ハタケの存在に救われたわたしは、もっとハタケに、野菜に夢中になっていきたいと思っています。

ライター/いまむらゆい

今月のテーマは「ハタケとこころ」。パートナーと話してみたことや上手くいく秘訣などがある方はぜひハッシュタグ #ハタケト を付けて、ツイッターまたはインスタグラムにお寄せください。また、ハタケトへの感想やリクエストなどもお待ちしてます。