2026/07/14

暮らしを自分たちでつくる。山梨移住で気づいた、繋がりの中で生きる感覚。

会社員を経て、2021年に東京から山梨へ移住した岸加奈子(きしかな)さん。夫婦で引っ越し会社を立ち上げ、自然に囲まれた古民家をリノベーションして暮らしています。移住も、起業も、地域との関わりも、はじめは手探りから。今では地域の人たちと水源や山を守りながら、「自分たちで暮らしをつくっていく」という確かな感覚を持って日々を送っています。

できることから、一つずつ

── 今のお仕事について教えてください。

きしかなさん:夫と一緒に立ち上げた「わらしべや」という引っ越し業を軸にした会社で、企画・広報や新規事業づくりを担当しています。

山梨に移住してから、せっかくならここだからこそできる仕事をやりたいという想いが、夫婦ともにありました。カフェや宿を開いて、地域やここに来てくれる人の縁をつなぎたいと思っていたんです。やりたいことはいろいろあるけれど、まずは自分たちができることから一つずつ積み上げていくしかないと考えて、2人ともノウハウを持っている「引っ越し屋さん」をやることにしました。

引っ越しといっても、ただものを運ぶだけではなくて、引っ越しに付随するお片付けや、まだ使える家具などを買い取って古道具屋さんもしています。会社員時代に地域活性化のプロジェクトなど、暮らしにまつわるさまざまなことを経験してきたので、「引っ越し屋さん」としての一歩が、自分たちがやっていきたい「地域の仕事」につながっていくイメージができました。

きしかなさんが暮らす築100年以上の古民家の敷地は引っ越し屋さんのトラックが停められる広さ(Photo by さかいゆき)

── メディアの運営もはじめたそうですね

きしかなさん:「ひとたび山梨」というWebメディアをはじめました。山梨でさまざまな暮らしを営む人を紹介したり、移住に関心のある人向けのイベントを企画したり、体験につながる発信をしています。

引っ越しはライフイベントの話だから、暮らす場所を変えることを考えていない人にアプローチしても響かない。そういう意味で、引っ越し屋さんって受け身なサービスだなと感じていて。

だからといって待っているだけでは何も生まれないから、こんなおもしろい人たちがいるよって発信して、関係人口を増やしていきたいと思いました。

知り合いができれば山梨に遊びに来たい人も増えるし、関係づくりを入り口にして、今後は拠点づくりや宿の立ち上げなどにつながっていけばいいなと思っています。

── 「ひとたび山梨」のロゴにはどんな意味が込められているんですか?

きしかなさん:緑が山梨の山、オレンジがのれん、手のアイコンがのれんをくぐっているイメージになっています。メディアのコンセプトが「異日常を旅する」なので、のれんをくぐったらいつもとちょっと違う暮らしに出会えるみたいな。

「ひとたび山梨」のロゴ

このロゴは、aiyueyoで出会ったデザイナーのいくえさんにお願いしました。

岐阜県飛騨でデザインチームを育てる活動をされている方なので、その中の若手の方にデザインしていただき、いくえさんにディレクションしていただく形でつくってもらいました。コンセプトにぴったり合っていて、とても気に入っています。

きしかなさんが暮らす古民家は山の上。毎朝この景色を見ながら子どもたちを保育園へ送り届けている(Photo by さかいゆき)

暮らしを、自分たちでつくる

── 山梨に来て、暮らしの感覚はどう変わりましたか?

きしかなさん:繋がりの中で生きていることを肌で感じています。私が住む地域では水源も自分たちで管理していて、みんなで集まって草むしりや水路の掃除をします。

地域コミュニティはしがらみと言われがちだけれど、捉え方次第だと思っていて。繋がりがあるから暮らしていける。むしろありがたいことばかりです。

── 都市の暮らしとだいぶ感覚が違いますね。

きしかなさん:自分たちの暮らしを自分たちでつくっているという強い実感がありますね。生活のさまざまなことが、誰かの手でちゃんと回っている。

例えば農家さんが身近にいるので、自分たちの食料がどうやって手元に届いているのかを体感できるんです。誰かのおかげで自分は生きているんだと思える。その実感がまちへの愛着につながっている。そういう感覚をずっと大切にしていきたいと思っています。

以前、造園の仕事をしていた時に、どんぐりから木を育てて山に植えるというプロジェクトをやっていたことがあります。

参加してくれた子どもたちが、自分が植えたどんぐりがどうやって育って木になるのかに興味を持って、木を植えた場所に再訪することがありました。そういう関わりから、土地に愛着が生まれて、大事にしたいっていう意識が芽生えるのかと感じました。

そういうきっかけになる体験の場をこれからもつくっていきたいです。

庭にもどんぐりの苗を植える予定。造園の知識をいかして、季節が巡る素敵な庭をゆっくり育てている

── 地域との関わりで、心がけていることはありますか?

きしかなさん:批評家にならないようにしたいと思っています。やってもないのに文句を言うのは違うかなと。まずはやってみなきゃわからない、百聞は一見にしかずです。

地域の人の誘いには、できるだけ乗るようにしています。スポーツ大会やグラウンドゴルフにも参加しています。グランドゴルフはおじいちゃんおばあちゃんに全然かなわない(笑)。行ってみたら意外と楽しいですよ。

── 山梨での生活を経て気付いた、自分の指針みたいなものはありますか?

きしかなさん:aiyueyo内の事業創造プログラム「ナリワイ助産院」を受けたときに、自分の軸として出てきたのが、「暮らしの風景を守る」という言葉でした。やっぱり自然が好きだから、その土地にすでにあるものや美しいものをちゃんと守りたいなっていうのがあります。

子どもの頃から実家の竹藪でタケノコ掘りをしたり、薪を割ってお風呂に入ったりして、自然とともに生活がありました。そういった経験から、自然の風景と生活との繋がりを感じたいという想いが、ずっと自分の根っこにあります。

きしかなさんが暮らす古民家はかつて養蚕農家だったので、屋根裏には広々としたスペースが残っている。「いつか屋根裏もリノベーションしたい」と話す

Koike lab.の販促をサポートする「伴奏隊」をやっているのも、代表のなつみさんの「岐阜県中津川市の美しい自然を後世にも残したい、自分の子どもの故郷になったこの場所を守っていくんだ」いう想いに共感しているから。関わる相手の価値観が自分と重なるかどうかも、大事にしていることの一つです。

Koike lab.「もったいない工房」のお菓子。「いのちを1gでも棄てない」という決意のもと、規格外のお野菜まで無駄にせず加工している

手探りから、循環へ

── aiyueyoにはどのように関わってきましたか?

きしかなさん:最初は、aiyueyoの前身の「ハタケト」というメディアでSNS運用をやったり、aiyueyoの入り口であるコーチングプログラム「ナエドコ」の運営に関わったりしていました。

正直、貢献できているのかよくわからないままだった気がします。何かお役に立てることはないかと手探りだったけれど、おもしろいから続けていたというか。

最近は、Webサイト制作やロゴデザインで仲間のナリワイを使わせてもらいながら、自分が育てたいナリワイを形にしています。自分のナリワイに向き合うことで、誰かのナリワイを応援することになっている循環を、今はすごく実感できています。

気軽に報告できる環境があることも、ありがたいんです。今自分がどんなことを実現したいのかを話せて、小さな進捗も聞いてもらえる。逆に、誰かの進捗を知ることで、声をかけやすくなる。安心して発言できる場があることに、救われています。

ナエドコ1期に参加してから運営やリードとしてaiyueyoに関わって5年目。「こんなに長く関われているコミュニティはほかにない」と話す

── aiyueyoは、きしかなさんにとってもう一つの居場所なんですね

きしかなさん:そうですね。最近のテーマが、「行きつけがたくさんある社会をつくること」なんです。小学生の頃に自転車で地域を走り回って、まちが自分の庭みたいだった、あの感覚を取り戻したいなと。あの頃があったから、地域を居場所だと感じられる愛着が生まれたんじゃないかと思うんです。

行きつけがあるってセーフティーネットですよね。aiyueyoもまさに行きつけであり、セーフティーネットだと思っています。全国につながりがあるってすごいことだなと感じています。困ったことがあったときに支え合って、「こっちにおいで」と言えるような関係が広がるのは幸せなことだなと。

オンラインのコミュニティですが、リアルなつながりも生まれる大切な場所。aiyueyoは、生きることに直結する食でつながるコミュニティだからこそ、深い関係が自然とつくれるのかもしれません。そんな居場所が、もっと広がっていったらいいなと思っています。

庭にはお手製のブランコ(Photo by さかいゆき)

【推しの愛食コラム】
山梨県身延町で友人が育てた『あけぼの大豆』で仕込んだ手前味噌
麹を多めに甘くアレンジ。食卓に欠かせない我が家の味です。

(インタビューはここまで)

今回は実際に山梨県笛吹市まで足を運び、きしかなさんが住む古民家にもお邪魔しました。広い庭にはたくさんの植物とお手製のブランコ、土間や縁側のある昔ながらの日本家屋。「わたしもいつかこんな暮らしをしてみたい」と思う憧れが詰まったすてきなお家でした。でもその暮らしは、最初から整っていたわけではなくて、「住める状態にする」ところから、自分たちで手を動かしてきたからこそ。手をかけた分だけ、暮らしへの愛着も深まるのだと、古民家を見てあらためて納得しました。
実はきしかなさんの地元と私の地元は近く、共通の知人も多いんです。同じ地域にルーツを持ちながら、新しい土地で「自分たちで暮らしをつくっていく」を体現しているきしかなさんの話は、良い刺激になりました。

ライター/おおいしまや 編集/古澤椋子

INFORMATION

岸加奈子(きしかな)

岸加奈子(きしかな)

東京都生まれ、二児の母。  aiyueyo発のプログラム「ナエドコ」1期生。山梨に移住し、築100年以上の古民家をリノベして暮らしている。夫婦で立ち上げた「合同会社わらしべや」では営業・企画担当。山梨で様々な暮らしを営む人を紹介する体験メディア「ひとたび山梨」を運営。