2026/01/31

量を追わず、いのちと向き合う──宮島農園のトマトづくり

熊本県八代市のミネラル豊富な畑で育った、宮島農園のトマトたち。こだわりを重ねて育てられた実は、皮にしっかりとした張りがあり、噛むと果汁が弾けるようにあふれ出します。

赤いトマトも黄色いトマトも、後味は軽やかで、気づけばもうひとつ食べたくなる味わいです。その美味しさから、収穫の時期には予約分で完売することもあるとのこと。このトマトを育てているのが、宮島農園の真一(しんいち)さんとあゆみさんです。

宮島農園では、規模を広げることよりも「納得感」を軸に、種を植えるところから出荷するまで夫婦ふたりで見届けることを大切にされています。そんなおふたりに、ひとつのことに向き合い続ける秘訣についてお話を伺いました。

トマトの味が気づかせてくれたこと

左:真一さん、右:あゆみさん

── 現在は、農業協同組合(以下、農協)を介さずトマトを販売されているとのことですが、販売方法を転換するまでの歩みについて教えてください。

真一さん:高校を卒業してから、農協組合の一員として作物を育ててきました。農協では、安定した量を決められた規格に合わせて出荷することが求められます。形や大きさ、色味を揃えることも大切な仕事で、その基準に向き合いながら、毎日トマトを育てていました。

── 当時は、そのやり方についてどのように感じていましたか?

真一さん:量と規格を安定して作る技術は、農家として必要なものですし、農協の基準に沿って作るのが当たり前だと思っていました。当時は、たくさん作って、規模を大きくしていくことが「豊かさ」だと信じていたんです。

でも、長く続けるうちに、少しずつ違和感も出てきて。売上が増えても、その分、経費や手数料も増え、手元に残るものは限られます。このやり方を続けていて、何を積み上げているんだろう、と思うようになりました。

── そんな中で、あるトマトとの出会いがあったそうですね。

真一さん:はい。たまたまチラシに載っていた、企業のトマト苗のサンプルプレゼントに応募したのがきっかけです。実際に育てて食べてみたら、これまで作ってきたトマトとは明らかに味が違っていて。とにかく美味しかったんです。

── その出会いが、考え方を変えるきっかけになったのでしょうか。

真一さん:そうですね。そのトマトひとつがすべてのきっかけだったというよりは、以前から感じていた「たくさん作って、たくさん売ること」への違和感に、はっきり向き合うようになった、という感覚に近いです。

それから、「これから先、自分たちは何を大事にしてトマトを作りたいんだろう」と、考える時間が増えていきました。

── 今のやり方を選ばれた背景には、そうした積み重ねがあったのですね。

真一さん:はい。農協にいれば、ある程度の安定はある。でも、品種も量も、自分たちでは決められない。このまま続けていて、本当に作りたいトマトが作れるのか。その問いが、ずっと頭から離れませんでした。

50歳を迎えた頃、「量よりも自由にトマトを育てたい」という思いがよりはっきりしてきて。考え抜いた末に、農協を脱退するという選択をしました。

あゆみさん:正直、農協を抜けて本当にやっていけるのか、不安は大きかったです。それでも、ふたりで向き合って、納得できるトマトを作り続ければきっと道は開けると信じていました。


こだわり続けた先に見えてきた景色

── 今のやり方に切り替えてから、大変な時期もあったそうですね。

真一さん:6年ほど、赤字が続きました。貯蓄もほとんどなくなりましたね。

── 収入を増やすために、人を雇うという選択肢は考えなかったのでしょうか?

真一さん:収穫量を増やすために人を雇えば、収入を上げることはできたと思います。でも、その選択はしませんでした。

雇われている人は、どうしても決められた作業をこなす意識が強くなってしまう。その分、葉の変化や、ほんの小さな違和感に気づきにくくなることがあるんです。私たちが育てているトマトは、病気に強い品種ではありません。

だから、毎日の観察が欠かせない。味を守るには、種を植えてからお客様に届けるまで、自分たちの目で見続けるしかありませんでした。味だけは、どうしても譲れなかったんです。

── 実際におふたりで栽培を始めてみていかがでしたか?

真一さん:ふたりだけでやることで、よりこだわり抜いたトマトを育てられるようになったと感じています。

あゆみさん:トマトのことだけを考えられるようになりました。ふたりだけで丹精こめて育てているからこそ、まだ名付けられていない新しいトマトを口にしたとき、ひと口目から「違うね」とわかるおいしさがあって。夫婦ふたりで「これはいいね」と頷ける味でした。

── ふたりだからこそ、味に向き合い続けることができたんですね。農協を離れてからの販路づくりは大変だったのではないですか。

真一さん:正直、かなり苦戦しました。そんな中参加した勉強会で「すでに価値のあるものを作っているのだから、何を作るかより、どこにどう届けるかが大事だ」と気づかされたんです。

── その気づきから、何か変えられたことはありますか?

あゆみさん:見た目や大きさがさまざまなトマトを、ひとつの箱に入れるようになりました。お客様の立場で考えたとき、見た目や大きさが揃っていることは、思っていたほど大事じゃないと気づいたんです。

真一さん:送料や配送中の味の変化を考えると、遠くへ送ることが最善と思えなくなり、直売所や地元での販売に力を入れるようになりました。地元でやり切る覚悟も、そこで決まりましたね。

── 周囲の反応はいかがでしたか。

真一さん:この辺りでは、トマトは空気や水のように当たり前にある存在なんです。だから旗を立てて売り始めたときは、「なぜこの土地でわざわざトマトを売るの?」と驚かれました。

それでも続けていると、少しずつ「宮島さんのトマトが食べたい」「このトマトだけ入れてほしい」というような声が届くようになったんです。

── おふたりがこだわりを持って続けてこられたからこその声ですね。

真一さん:続けていく中で自分たちのこだわりが、少しずつ誰かの生活に届いている実感が生まれてきました。「9割の人に選ばれなくても、1割の人に届けばいい」今は、そう思えています。

丁寧に向き合い続けることの豊かさ

ビニールハウスの中は、徹底的な温度と湿度が管理されている

── 現在は、どのような取り組みを行なっていますか?

真一さん:ひとつひとつのトマトと丁寧に向き合うために、最初から作る量を決めています。ビニールハウスごとに役割を分けて、状態を細かく見るようにもしました。もし病気がひとつでも出たら、その株がある列はすべて抜きます。

思い切りは要りますが、中途半端に残すより、すべて抜くほうが結果的に畑が守られる。今は経験を重ねて、発病する前の違和感にも気づけるようになってきました。

あゆみさん:すべて無肥料で育てています。そのおかげで味がしっかりし、実にも張りが出てきました。静電気を使った散布も取り入れ、必要以上に農薬に頼らないようにもしています。

── 今の農園のあり方について、どんなふうに感じていますか。

真一さん:正直、すごく幸せですね。農園の規模も、生産量も大きくはありません。でも、自分の目で見て、手で感じて、確かめながら作ることができる。この距離感が、いちばん豊かだと感じています。

あゆみさん:トマトを近くで感じることができるビニールハウスの中にいるときが、本当に落ち着くんです。それに今はありがたいことに、予約分だけで販売が終わります。

電話や直売所、Instagramのダイレクトメッセージなど、形はさまざまですが、ちゃんと届けたい人に届けることができている感覚があります。

── 「待っている人がいる」という実感もあるのでしょうか。

真一さん:そうですね。待ってくれている人がいるからこそ、信頼を裏切れないし、妥協もできない。今は地元の方だけでなく、時間やお金をかけて来てくださる方もいて、本当にありがたいです。

ビニールハウスで過ごす時間が幸せな時間と話すおふたり

── 最後に、おふたりがトマトと向き合い続けられる原動力について教えてください。

真一さん:味への自信と、お客様の声を直接聞けることです。子どもたちから直接嬉しいお声や、手紙をもらうこともあって、それが何よりの励みになっています。

あゆみさん:栽培そのものを楽しめていることだと思います。自分たちのペースで向き合いながら、そのときのベストを出す。心から自信を持てるトマトを、届けられることがすごく嬉しいです。

── これから先、思い描いている未来はありますか。

あゆみさん:今の姿勢を大切にしつつ、どんどんトマトが美味しくなっている時代だからこそ、よりおいしいトマトを作り続けていきたいです。

真一さん:これまでお世話になった方や、農業界に恩返しをしていきたいです。今の栽培方法を、関わっている企業に情報として渡していくことで、技術を途絶えさせないようにする。それが、農業界の未来に繋がればいいなと思っています。

(インタビューはここまで)

変化が目まぐるしい現代では、「早く、多く」が当たり前のように語られています。そんな中で宮島さんご夫婦は、真摯にいのちと向き合い続けています。

数を増やさず、規模を追わず。自分たちの目と手が届く範囲で、こだわりを持って丁寧にトマトを育てる。不器用でも、遠回りでも、手を抜かずに続けてきたからこそ、今待ってくれる人がいる。

こだわり続けるということは、大切なものを手放さずにいることなのかもしれません。宮島さんご夫婦の歩みは「自分のペースでこだわり続けること」に、意味があると教えてくれます。

ライター/さやかん、編集/あず

INFORMATION

宮島農園

宮島農園

熊本県八代市を拠点に、トマト・ミニトマト・ミディトマト、パプリカの生産と販売を行っています。「普通よりちょっとだけおいしいもの」をモットーに、日々の食卓にそっと寄り添う野菜をお届けしています。