
2026/03/14
不安を土台にしていたわたしが、愛を土台にできるまで
「いのちを、めでる はぐくむ わかちあう。」をテーマに、自分らしい持続可能な暮らしと仕事を育むことを応援するaiyueyo。aiyueyoでは、個々がすでに持つ想いや強み・個性を活かしたお商売の形を「ナリワイ」と呼んで、自分らしいナリワイを生み出すことを応援しています。
2025年の9月〜12月の3カ月にわたって、ナエドコ13期を開催。
14名の参加者が、愛本主義をベースとした自分らしい働き方・暮らし方を始めるために自分と向き合い、仲間と共に”らしさ”のタネを芽吹かせました。
今回は、ナエドコ13期に参加したみなみんさんに受講後の体験談を聞きました。
はじめに
「お腹の声を聞く」「愛本主義」。
こんな言葉たちを聞いて、ピンとくるものはあるでしょうか。
なんだか魅力的だけど、よくわからない。
ナエドコ説明会で出てきたこれらの言葉たちに、以前のわたしはこんなことを思っていました。
多少の不安を持ったままナエドコに参加したわたしが、どのようなこと経験し、どう変化したかを書いてみます!
安心できる場所で、誰かと一緒に、自分に向き合いたかった
目指していた仕事に転職したのに、心身のバランスを崩して退職した2025年の春。
「自分を変えたい」と、自分と向き合う日々が始まりました。
本を読んだり、人と話してみたり、内省してみたり。
そんなことをしてわたしに残ったのは、
「いろいろ手放して身軽にはなった。でも、わたしは何を大切にしたいんだろう」。
そして、「誰かと一緒だったら、もっと深くまで自分と向き合えるかもしれない」と思うようになりました。
そんな時、少し前に知ったナエドコを思い出しました。
正直、ナエドコで大切にされているキーワードも何が得られるのかも、曖昧なままでした。
でも、「何かここにはありそうな気がする」という気持ちを信じて参加することに。
「こんな風に生きたいな」と思った人がナエドコ卒業生だったこともあり、それがあと押しにもなりました。
この時、直感のようなものを信じた自分へ、大丈夫だったよー!と伝えたいです。
そこには、ふかふかな土がありました
誰かと一緒に、自分に向き合いたかったわたし。
もともと、自己開示に苦手意識があったわたしは「安心安全な場所じゃないといや」という思いもありました。
そんなわたしが参加して魅力に感じたのは「ふかふかな土」と言われている、安心安全な風土。
2時間弱の講義、同期と話す時間、テキストのやりとり、個人で向き合うワークは、そんな基盤の上で、あたたかく支えられて実施されていたように感じます。
ふかふかな土の上で、自分というタネを大切に育てる。
すこやかに育つための水を、お互いにあげることもある。
そんなことが、ナエドコでは起こっていました。
正直、たった3ヶ月で、しかもはじめましての人たちとそんな関係性が築けるのかな、という気持ちも頭の片隅にありました。
でも、いつの間にかふかふかな土の上に自分がいることに気がつきました。
ナエドコの運営母体であるaiyueyoに浸透している文化、プログラムを引っ張ってくれる方々の自然で細やかな心づかいによって、それが可能になっていたと感じます。
自分の土台が愛に変わっていた
そんな、ふかふかな土の上で3ヶ月過ごしたわたしに起きた変化。
それは「自分の土台が愛に変わったこと」でした。
ナエドコの講義で、自分が持つ社会通念では考えられなかった、けれどワクワクする考え方・生き方に触れたり、段階を踏みながら自分と向き合うワークに取り組みました。
それらを経て、これまで自分が不安や他人からの評価を起点として物事を考えていたことに気がつきました。
そしてナエドコが終わる頃には、「土台が愛になったなあ」とふと思いました。具体的には、あたたかい気持ちやワクワクを起点に考えたり、行動したりしよう、という思いが湧いていました。
最初にあった、自分を変えたいという気持ち。
以前のわたしにとって「自分を変える」=「より社会に順応して、自分の苦手分野もできるようにしていく」ということでした。
でも、「そのままの自分を大切にできるようになる」という形で、その変化は起こりました。
なぜ変化が起きたのか
それは、じっくり自分と向き合い、かつ、悩んだ時には安心してその気持ちを出したり、相談したりできる環境があったからだと思います。そしてそれらは、同期と運営の方々に支えられていました。
そんな環境において、特に2つ、大きかった要因だと感じるものを書いてみます。
まず、一人きりではないこと。
自分と向き合う、というのはエネルギーを使うものでした。
理想の暮らしを描く、というようなワクワクするものもあれば、心の障壁や自分の足枷となっているものを考える、というものもありました。
これは、わたしにとって今まで見ないフリをしていたものをあえて拾って見てみる、という時間でもありました。
そんな中で、同じテーマに頭を悩ませながらもまっすぐ向き合っていたり、相談したことに対して真剣に言葉をかけてくれたり、時には新たな視点をくれる同期や運営の方、講師の存在は、とても大きなものでした。
また、人からの言葉で視界が開けるようなこともあり、「誰かと一緒に、自分に向き合いたい」と思っていたわたしは、ナエドコに参加してよかったと改めて感じました。
次に、そのままのわたしにたくさんの愛を注いでもらったことです。そして自分自身がそれに気づき、それを受け取れるようになったことです。
自分やワークのアウトプットに対して客観的な視点からの言葉をたくさんもらうことで、「ありのままでもいいのかも」と思えるようになりました。
自分にバツをつけるような思いがあると、せっかく言葉をもらっても、無意識に受け取らない選択をしていることがあると気がつきました。ナエドコでは、3ヶ月を通してたくさんの言葉を受け取ります。その結果「気づいて受け取る」ができるようになりました。
これに気づいて以来、あたたかい言葉は周りにたくさんあるのではないかと思うようになりました。
仕事を辞めた時、家族に「今はゆっくりするのもいいんじゃない?」と言葉をかけてもらったことがありました。
「仕事をちゃんとしなければ」。その時はそんなことを思って、受け取ることができていませんでしたが、今思うと自分に向けてくれた愛ある言葉だったと、ありがたく感じます。
このような、実は周りにすでにあるあたたかさに気付けたことも、わたしをゆるめ、土台の建て替えを加速してくれました。
そして、「愛」という言葉が身近なものとなりました。
ナエドコは、自分を取り戻せた場所
「変わった」とこれまで書いてきましたが、最終日直後に浮かんだ言葉は「自分を取り戻した」でした。

わたしは、色々な場所で、色々な役割をしているうちに、いつの間にか自分が見えにくくなっていたようでした。これまで経験したことは間違いなくわたしの学びになっていますが、周りを満たすことに一生懸命になっていたような気がします。
ナエドコで触れた「まずは、自分を満たす」という考え方。
まずは周りを満たし、最後に自分だとばかり考えていたわたしは、素直におどろきました。今は、自分を満たして、時にはそのおすそわけのような感じで周囲も満ちていくのかなと思うようになりました。
今は、「あたたかさの源泉」のような人で在りたい、と思っているところです。
ナエドコを通して見つけた、自分の中にある、身近にある、愛やあたたかさ。
これからもいろいろなことがあるだろうけれど、まるっと愛して、そんな自分の声をよく聞いて、楽しくワクワクした日々を送りたいと思っています。

写真は、小ささにキュンとした大根の赤ちゃん👶🏻






