2026/10/18

「楽しそう」に従った先に。冨澤ファームに広がる、笑顔とつながりの輪

「人を笑顔にしたい」を軸に10以上の活動をしながら農園経営をしている、冨澤ファーム4代目園主・冨澤剛さん。大学で歴史を学んだ後 、一般企業を経験し、2001年に120年続く冨澤ファームを継承しました。

現在は、月1回「畑のオープンキャンパス」を開催するなど、積極的に援農ボランティアを受け入れ、年間のべ1000人が訪れる農園を営んでいます。次々と「やりたい」を実現している冨澤さんですが、最初からこうだったわけではないそうです。

今の冨澤さんになるまでの経緯と、大切にしていることを伺いました。

就農20年で辿り着いた今のかたち

新宿駅から電車とバスで約30分。住宅街の中に畑が広がる東京都三鷹市に、冨澤ファームはあります。「食と農を通して笑顔の場と機会を創る」を理念に、冨澤剛さんが農園を営んでいます。 

「色々やりすぎて自分が何者なのかわかりませんね」と笑う冨澤さん。現在は野菜の生産・販売だけでなく、短大講師、コンポスト活動、CSA(※)、自農園の野菜を使ったパウンドケーキづくり、大家業など、活動は多岐にわたります。最近ではクラウドファンディングで農泊ゲストルームもつくりました。
※生産者と消費者が連携し、流通業者などを介さずに直接契約で野菜を定期購入する仕組み。

活動の根底にあるのは、「人を笑顔にしたい」というシンプルな思いです。

「やってみたい」を次々と実現している冨澤さんですが、今のかたちになったのは、就農から20年以上経ってからのことでした。

自信がなかった過去と転機

バブル期、東京の農地が宅地化の対象とされるなか、都市農業を営む家に育った冨澤さん。小学生の頃には、心ない言葉を向けられることもあったといいます。就農後はJA青壮年部(※)として、農地を守るために奔走する日々。都市農地を「保全すべきもの」とする法律ができた時は心から安堵したそうです。たくさんの経験がある中でも、農業人生で一番印象的な出来事だったと振り返ります。
※JA(農業協同組合)をよりどころに地域農業を盛り上げる若手青年農業者の組織(参照)

このような経験から、農業に自信を持てずにいた冨澤さん。転機となったのは学校給食との取引でした。自分が育てた野菜が給食の食材として使われ、「おいしかった」という声が届いたそうです。自分の野菜を食べて喜んでもらえている。「それを実感できたとき、初めて自信がつきました」。そう笑顔で語ってくれました。

自分にとっての豊かさに気づくまで

自信がつき、さまざまな活動に取り組むようになった冨澤さん。しかしいつの間にか、自分を犠牲にして人に尽くすことが尊いと思うようになっていたといいます。あるとき、「このやり方では、自分がすり減って続けられない」とふと気づいたそうです。

ちょうどそんな時期に訪れたのが、コロナ禍でした。社会の状況が大きく変わるなかで「やらなければと思っていたことが、実はなくても意外と困らない」と気づきます。それ以来、「楽しい」と思うことや、価値観を共有できる人との繋がりを大切にするようになりました。今では「楽しいから、どれも手放せない」そうです。

「楽しそう」から、人が集まり始めた 

冨澤ファームには、援農ボランティアとして年間のべ1000人もの人が訪れます。 

「僕にとって豊かな時間は、価値観を共有できる人とゆるやかに繋がり、笑顔が生まれる場を作ったり、畑に来てくれた方と向き合ったりしている時間です」。

冨澤ファームの援農では、農作業の休憩として、コーヒータイムがあります。その日に集まった人たちでテーブルを囲み、コーヒーやお菓子を片手におしゃべりをします。ボランティアが旅行に行ったときのお土産がテーブルに並ぶこともあれば、畑仕事とは関係のない趣味の話で盛り上がることも 。その日訪れたメンバーによって、話す内容はさまざまですが、共通しているのは和やかな雰囲気です。ある常連さんは、「体が疲れていても、ここに来ると元気になるから来ちゃうんです」と話してくれました。

冨澤さんは、援農ボランティアのことを労働力としてではなく、「同志」だと考えています。だからこそ会話の時間を大切にし、農作業体験以外にも、プラスアルファで持ち帰ってほしいという思いから、自身の知識や経験を会話を通じて伝えているそうです。

こうして会話を重ねる中で、ボランティア同士の共通点が見つかり、今ではボランティア発のイベントも生まれています。手しごとが得意なメンバーが集まる「てしごとカフェ」や、料理が得意なメンバーによるピザ会など、そこからさらに新しいつながりが広がっているといいます。

てしごとカフェで作成した、くず野菜を再利用したクレヨン

大切にしているのは、「楽しそう」を起点にした「三方よし」

コロナ禍をきっかけに人付き合いや時間の使い方を見つめ直し、今では「自分が心から楽しいと思えること」を選ぶようになった冨澤さん。 新しい活動を始めるかどうかの基準は、「やらなければ」という義務感ではなく、想像したときに楽しそうかどうかだといいます。

ただし、自分だけが楽しければいいわけではありません。冨澤さんが大切にしているのは、相手や周囲にも喜びが巡る「三方よし」の考え方です。「楽しそう」を起点に、その喜びや恩を周囲へと巡らせながら、描いてきた理想を一つひとつ実現しています。

これからも、「おもしろそう」を次の世代へ 

「これまでの農業人生は、2つの段階に分かれますね」と冨澤さんは振り返ります。JA青壮年部で農業界や都市農業を守るために奔走した時期と、「人を笑顔にしたい」を軸に自分の農園や活動にコミットしている現在です。

今は、自分自身の「やってみたい」を次々とかたちにしています。これからやってみたいアイデアは、まだまだ止まりません。

なかでも一番の目標は、価値観を共有し、一緒におもしろがりながら農業を盛り上げていってくれる後進の育成です。以前から農業実習生の受け入れに加え、最近では、農業に興味がある中高生と農学部生等・農業関係者をつなげるイベントもはじめました。

冨澤さんが目指すのは、人が楽しく集まり、笑顔とつながりが巡る場所。今後は次世代に自身の経験を伝えながら、冨澤ファームをきっかけに「こんなおもしろい農家もいるんだ」と農業に興味を持つ人を増やしていきたいそうです。

(インタビューはここまで)

心が動くことを選び続けた先に、こんなにもたくさんの人の笑顔が集まる場所が生まれるのだと、今回の取材を通して感じました。

冨澤さんは、最初から自分の「やりたい」に素直だったわけではありません。都市農業を守るために奔走し、人のために頑張るなかで、いつの間にか自分を消耗させていた時期もあったそうです。そんな経験を重ねて、今は自分の心が動く方へ進むことを大切にしています。

冨澤さんが援農ボランティアを「同志」として迎え、コーヒータイムを大切にすることで、集まった人にも笑顔が広がっていく。てしごとカフェのような新しいつながりが生まれ、そこに新たな人が集まってくる。冨澤ファームには、そんな循環がありました。

「やらなければ」ではなく、心が動く方から始めてみる。そんな小さな選択が、自分だけでなく、周りの人の毎日も少し豊かにしてくれるのかもしれません。

はじめての人も、常連さんも関係なく、いつも多くの笑顔があふれる冨澤ファーム。あたたかく迎えてくれる姿に、元気をもらえます。ぜひ足を運んでみてくださいね。

インタビュー・ライター/みなみん、編集/せいちゃん

INFORMATION

冨澤ファーム 4代目園主 冨澤剛

冨澤ファーム 4代目園主 冨澤剛

大学で歴史を学んだ後 、一般企業を経験し2001年に120年続く冨澤ファームを継承。月1回「畑のオープンキャンパス」を開催するなど、積極的に援農ボランティアを受け入れ、年間40種類の野菜を育てています。