2021/06/08
お皿の向こうに思いを馳せて。わたしたちが「農」ある暮らしをたのしむ理由【 松本純子 樋口直哉 】
※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。
このマガジンは、様々な形で暮らしに「ハタケ」を取り入れている人やその暮らしの紹介を通じて、自然と自分、双方を愛せる生き方を提案するライフスタイルメディアです。
暮らしに「農」を取り入れたいと思いながらもハタケが近くになかったり、具体的な始め方がわからないなど、難しいと感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。今日ご紹介するのは、東京で「農ある暮らし」を楽しんでいるご夫婦です。
松本純子(まつもとじゅんこ)さんは農林水産省でお仕事をしながら、週末に農作業をするコミュニティ「NINO FARM(ニノファーム)」を仲間たちと運営しています。夫の樋口直哉(ひぐちなおや)さんは、作家であり料理家です。お仕事でもプライベートでも、食と農への愛が溢れるおふたりに、「農」に触れる楽しさと、日々の暮らしに「農」を取り入れるヒントを教えてもらいました。
食への愛が、ハタケへの興味に
ハタケト:食や農業に興味をもたれたきっかけを教えてください。
純子さん:「おいしいものを食べるのが好き」ということが最初の入り口です。子どもの頃は、お友だちが漫画を読んでいても『食材辞典』を丸暗記するぐらいじっくり読んでいるような、食に執着のある子でしたね。
ハタケト:日々のお仕事でも食に関わる機会はたくさんあると思うのですが、週末に農作業をするコミュニティNINO FARMを始められたきっかけはなんだったのでしょうか。
純子さん:同僚から「一緒に畑をやってみないか」と誘われたのがはじまりです。実は、誘われた当初は、始めても続けられない気がして断ったんです。当時のわたしは、農作業ってすごく責任があって、毎日やらなきゃいけないものだと思っていましたし、先輩方から「自分たちで農業をしようと試みたことがあるけれど続かなかった」と聞いていたこともあって、尻込みしていました。
ハタケト:純子さんも、かつては自分たちでハタケをやってみることにハードルを感じていらっしゃったのですね。
純子さん:そうですね。だからこそ、NINO FARMでは気軽に参加できることを大事にして、よりたくさんの人に農に関わる機会を届けたいと思っています。
わたし自身、NINO FARMの活動を通して、こんなにも気軽に農に触れることができるという気づきがありましたし、農家さんへの尊敬が強くなりました。食や農に関わることは、体験することで自分事にできると思います。たとえば自分で野菜をつくってみると、トウモロコシがまっすぐ育たなかったり、サツマイモが小さくてつぶれた形になってしまったりします。そういう経験をすると、当たり前のようにお店に並んでいる野菜が、実はすごく尊い存在なんだと気がつきますよね。
ハタケは「新たな発見」との出会いの場
ハタケト:直哉さんもNINO FARMの活動に一緒に参加されているそうですが、何か変化などありましたか。
直哉さん:やはり、毎週続けて通うことでと見えてくるものがあります。畑って、行くたびに少しずつ変化があって、それを肌で感じることができる。農家さんと話をしながら、料理に合う野菜の収穫のタイミングや品種を探っていくことも、すごくおもしろいですね。
ハタケト:ハタケの段階から料理が始まっているんですね。
直哉さん:知らない野菜に出会えるのも、畑の楽しみ方のひとつです。以前、シチリア料理に使う人間の身長ほど長いズッキーニを畑で初めて見て、驚きました。畑は、今まで知らなかったことを知るきっかけがたくさんある場所です。そして、自分で野菜を育ててみることで、さらに大きな学びが得られると思うんです。音楽とちょっと似てますよね。
ハタケト:音楽ですか?
直哉さん:音楽って、プロが作ったものを聴くだけでも楽しいのですが、自分で楽器を演奏するとより楽しみが広がりますよね。それに、学ぶことで知識が増えると、音楽をより楽しむことができる。農業も同じように、自分で作物を育てることで出会えるおいしさや楽しさ、気づきがあるんです。妻の話と重なりますが、自分で手を動かして野菜ができるまでのプロセスを知ると、農家さんのすごさをひしひしと感じますね。
農を通じてひろがる「おいしい」のあり方
ハタケト:産地に足を運んだり、自分で野菜を育てたりするようになる前に思っていたおいしさの最大値を10だとすると、農に触れるようになってから感じるおいしさはどれぐらいでしょうか。
直哉さん:ぼくは、農に触れる前も後も10だと感じています。ただ同じ10でも、「おいしいの種類」が違うような気がしますね。
ハタケト:「おいしいの種類」?
直哉さん:「おいしい」はさまざまな要素を含んでいるのではっきりと分類することが難しいのですが、たとえばレモンサワーひとつ取っても、「知り合いの〇〇さんが育てたレモンで作ったレモンサワー」と聞くと、よりおいしく感じられます。食材そのもののおいしさだけではなく、作った人の思いも感じられるので。「おいしい」ってそういうものも含めた、色んな感覚なんだと思います。
純子さん:「おいしい」の要素って本当にさまざまですよね。どんなに食材が安くても、仲の良い友だちとつつき合った鍋のおいしさは格別ですし、母が体調を崩したときに父が作ってくれたお弁当って思い出に残る味だったりすると思うんですよ。こういったとき、食材そのものがもつおいしさ以上の「おいしい」を感じているんじゃないかな。
直哉さん:「おいしい」を構成しているものは、味そのものであったり、体の欲するものであったり、背景や物語であったり。概して心と身体の豊かさにつながっているんですよね。だから「おいしい」について考えることは、自分たちの暮らしを豊かにしていくんだと思います。
都会でもできる、農ある暮らし
ハタケト:暮らしの中に農を取り入れていきたいと思っている方におすすめする、はじめの一歩は何でしょうか。
直哉さん:食材をファーマーズマーケットで購入してみることかな。どんな人が、どんな場所で作った野菜なのかを知ってから食べることで、食材に対する解像度が上がるのではないかと思います。
それと、東京近辺にも畑はたくさんあるんですよ。例えばNINO FARMがあるチャヴィペルトは埼玉県の草加市ですが、都心からでも電車で30〜40分ほどの場所なんです。
純子さん:草加に行くまでの間にも、車窓から外を眺めていると、いくつも畑を見かけます。自由が丘など都内にも意外と畑はありますね。東京やその周辺にも、農家さんはたくさんいらっしゃるんですよ。
ハタケト:たしかにイメージで、「都会は近くにハタケがなくて、農業に触れるのが難しい」と思いがちかもしれません。
純子さん:NINO FARMを通じて気づいたのは、都会だと農との「距離のハードル」があると思いがちだけど、実はそのハードルは距離ではなく「心のハードル」なんじゃないか、ということです。「都会=近くに畑がない」という思い込みから、農的なものに触れることへの難しさを無意識のうちに感じてしまうと思うのですが、ファーマーズマーケットを訪れてみたり、家の中でハーブを育てたり、ベランダで野菜を育てたりすることなら、チャレンジしやすいのではないでしょうか。
直哉さん:生業としての農業と、わたしたちが暮らしに取り入れる農を分けて考えることも、「心のハードル」を小さくするための大切な要素かもしれませんね。農家さんの畑や田んぼはお仕事の場。生業としての農業の場なので、訪れるときにはすごく気を遣いますし、敷居が高いのは当然です。まずは、気軽にできることからはじめることで、農が身近に感じられるようになるのではないでしょうか。
純子さん:NINO FARMも、農に対する「心のハードル」が小さくなる場になれたらいいなと思っています。
純子さん:ちょっとした農の要素を暮らしに取り入れることで生まれる新しい「おいしいの種類」を楽しめたら、お皿の向こうにある生産者さんの顔が見えてくると思います。
(インタビューはここまで)
純子さんと直哉さんの願いは、「食べる」と「作る」を楽しむひとが増えていくこと。そのきっかけを色んなかたちで届けていきたいとおっしゃっていました。おふたりの食と農への大きな愛が、ひとつひとつの活動の原動力になっているのだと感じる時間でした。
ハタケで出会う新たな発見へのわくわくした気持ちがふくらみ、これから食や農にまつわる体験を積み重ねていくのがより一層楽しみになりました。
プロフィール
松本 純子(まつもと じゅんこ)
農林水産省大臣官房広報室に在籍する傍ら、休日はNINO FARMにて野菜づくりをしたり、全国のハタケに出向き取材するなど日本全国のおいしい食材の魅力を発信している。日経ビジネス電子版「作り手とレシピで知る「日本の食」」連載中。https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00266/041500002/
樋口 直哉(ひぐち なおや)
作家・料理家。作家として作品を発表する一方、全国の食品メーカー、生産現場の取材記事も執筆。料理家としても活動し、地域の食材を活用したメニュー開発などを手がける。主な著作として小説『スープの国のお姫様』(小学館)、ノンフィクション『おいしいものには理由がある』(角川書店)、料理本『最高のおにぎりの作り方』(KADOKAWA)などがある。
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