
2026/03/02
レモンも人も同じ。Shiki Farmが教えてくれた”のびのび”生きるヒント
広島県本土からフェリーに揺られ、瀬戸内海の穏やかな波と太陽の光に包まれながら進むと、少しずつ見えてくるのが大崎上島(おおさきかみじま)です。港に降り立ち、車で5分ほど走るとShiki Farmへと辿り着きます。
Shiki Farmを営んでいるのは、自然豊かなこの島に魅了され、神戸から移住されたご夫婦、松本英紀(まつもとひでき)さんと志乃(しの)さんです。英紀さんは、柑橘とオリーブの無農薬栽培と販売を担当。志乃さんは柑橘の加工と、野菜や果物を使った草木染めのアイテム制作や、ワークショップを手掛けています。
さらには、改修した古民家で季節の果実を使ったカフェをオープン。ドッグランやマルシェなどの場もひらき、さまざまな形で自然とともに「いのち」を育む日々を大切にされています。
そんなおふたりの日常は、いつも島の豊かな自然とともにあります。朝と夕、愛犬とともに海岸を散歩していると「今日の空もきれいだな」と、思わず足を止めることがあるとのこと。特別な出来事があるわけではなく、ただ、圧倒的に美しい自然がそこにある。そのことに、毎日のように小さな感動を覚えながら暮らしているそうです。
自然本来の力を信じながら、いのちと関わるおふたりの言葉を通して、ありのままの心と身体で元気に暮らし、働くヒントをお届けします。
スーツを脱いで、土に触れるまで

── 英紀さんは元々会社員として働かれていたと思うのですが、そこから大崎上島でレモン農家を始めるまでの経緯を教えてください。
英紀さん:元々は農業とは全く関係の無い金融系の会社で30年勤めていました。50歳で神戸に転勤したときに出会ったのが志乃さんです。お互いに自然が好きで、「いつかは田舎で暮らしたい」という想いを持っていました。
ちょうど会社で早期退職の募集があったこともあり、退職を決意しました。その後、いくつかの移住候補地を見て回る中で出会ったのが大崎上島です。
── 移住先を大崎上島に決めたきっかけはなんだったのでしょうか。
英紀さん:私たちはふたりとも、子どもの頃から海を見て育ちました。だから、「いつか海の近くに住みたい」という願いを、ずっと持っていたんです。
移住先を探す中で、志乃さんの知人を訪ねてこの島にやってきました。はじめて島に訪れたとき、海岸で夕日を見たんです。海に夕陽がすっと沈んで、水面が一面オレンジ色に染まっていく。海も空も美しく色を変えていく姿が、本当に衝撃的でした。
瀬戸内海は内海なので波が穏やかで、凪いだ海を眺めていると、どこか童心に帰ったような気持ちになれました。
島の人たちもあたたかく迎えてくれ、住居を決めたり、農業を始めるサポートをしてくれたり。そのご縁もあり、初めて訪れた4ヶ月後には移住していました。

── 島で暮らし始めての変化を教えてください。
英紀さん:見える世界が180度変わりましたね。元々は土を触ったことすらなかったところから、島の農家さんから柑橘の育て方を学び、ご縁があって畑を引き継ぐことになりました。
今となっては笑い話なのですが、はじめはみかんのとり方も知らなくて。柑橘栽培を教えてくれる師匠に「みかんをとるための機械はどこにあるんですか?」と聞いたことがあります。
すると師匠に「全部手でとって、運ぶんだよ!」と言われて、かなり驚きました。都会に長く住んでいたので、農業も機械化が進んでいると漠然と思っていたんです。実際に自分が生活してみると、何十年も変わっていない世界だということに気がつきました。
人も植物も同じ。本来の力が発揮されるように育てる

── レモン農家を始められてから、6年という月日の中で、畑との向き合い方に変化はありましたか?
英紀さん:もともと無農薬でやりたいという気持ちはあったのですが、やり方が分からなくて。島の多くの農家さんと同じように、一般的な方法で栽培していました。
でも、どこかずっと違和感があったんです。そんなとき、丈夫なはずのわたしの身体が、農薬で全身かぶれてしまって。「あ、これはもう続けられないな」と、身体が教えてくれた気がしました。
少しずつ低農薬へ変えていく中で、2年前に大きな出会いがありました。ずっと読んでいた自然農法の本の著者の方が、講師としてこの畑に来てくれることになったんです。
疑問をぶつけるたびに、「自分が感じていたのはこれだったんだ」と腑に落ちる瞬間が何度もあって。直接お話しする中で、「やっぱりこの道で間違いない」と、確信しました。
── 最初から「無農薬でやりたい」と思われたのは、どうしてだったのでしょうか。
英紀さん:一番は、「心から食べたい」と思えるものを育てたかったからなんです。
自分たちの身体のことを想うと、やっぱり自然のままのものを口にしたいなって。「自分が納得して食べられないものを、人さまにお届けすることはできない」という想いが、ずっと根底にありました。
── 実際問題、無農薬や無肥料で育てるのは大変ですか。
英紀さん:農薬や肥料を使わないぶん、作業はシンプルです。ただ、除草剤も使わないので草刈りは欠かせません。楽な面もあれば、手間のかかる面もあります。
── 自然農法に切り替えて、畑はどのように変わりましたか。
英紀さん:引き継いだ当初、畑には木がギッチギチに植えられていて、風の通りも悪かったんです。「これは自然の流れと反しているな」と感じました。
勇気を出してどんどん間伐して、半分くらいの数まで減らしてみると、空気の流れがガラリと変わったんです。木が本来の元気を取り戻して、自分の力で育つようになりました。
人間と同じように、今の農業は少し手をかけすぎている気がしていて。農薬や肥料を与えすぎると、木も自分では判断できなくなってしまう。けれど、ある程度信じて見守ってやると、自由に、元気よく、勝手に伸び始めるんです。その堂々とした逞しい姿を眺めていると、「この道を選んで良かった」と日々手応えを感じています。

── 自然本来の姿だからこそ、生命力に溢れているんですね!
英紀さん:うちのレモンは表面に傷があったり、形がちょっといびつだったりします。でも、人間と同じで、それが、一つひとつの個性なんですよね。
見た目で判断せずに食べてみると、びっくりするぐらい味は濃い。それは間違いないです。
同じものは無い。四季の色と出会える草木染め

── 志乃さんは果物や野菜栽培で、本来なら捨てられてしまう剪定された枝葉や果実の皮を使って、草木染めのアイテムをつくられていると伺いました。他にも、柑橘を使ったフルーツカードもつくられているそうですね。ものづくりをする際に、大切にされていることはありますか。
※フルーツカードとは
イギリス発祥の伝統的なスプレッドのこと。(スプレッドとはパンやクラッカーに塗る「塗り物」のこと)食材は柑橘果汁、バター、卵、砂糖。(出典:Shiki Farm オンラインショップ)
志乃さん:自分がワクワクしていることが、一番ですかね。つくることは小さい頃から好きだったので、自分が楽しいと感じることをやり続けています。
── 子どもの頃から好きだと思っていることをやり続けているんですね。素敵です。草木染めはいつから始められたのですか。
志乃さん:2003年から2年間、アートに触れたくてフランスに行きました。そのときに出会った方がろうけつ染めの作家さんで、「これだ!」と思い、弟子になったんです。その方のもとで学んだ後に、個人で活動を始めました。
※ろうけつ染めとは
模様部分を蝋で防染し染色する伝統的な染色法。(出典:Wikipedia)
── つくるプロセスの何が楽しいと感じますか。
志乃さん:どの工程も楽しいです。ただ、同じものを何度もつくるよりも、「これはどんな色になるだろう?」と一つひとつ考えながら染めていくほうが、とてもワクワクします。

── ご自身で制作されるだけでなく、草木染めのワークショップも提供されていますよね。
志乃さん:はい。草木染めの体験も毎回違うものが出来上がるので、わたしも楽しませてもらっています。草木染めで使う枝葉は季節によって違っていて、その季節による違いと、来られた方の個性が合わさるので、出来上がるものも全部違っていて面白いです。
島の高齢農家さんの離農。自分にできることを考える

── 大崎上島で農業をしていて課題に感じることはありますか。
英紀さん:切羽詰まっているのは、高齢の農家さんの離農ですね。島の平均年齢は78歳くらい。柑橘の販売価格がなかなか上がらないことや、温暖化の影響で夏が暑すぎることで辞める方が増えているんです。
農業をやめると、外に出なくなります。畑に出て、日光を浴びるから元気でいられるのにそれをやめて、家でテレビを見て、ぼーっとしていると一気に老け込んでしまう。畑自体も、2年ほど放っておくと使えなくなってしまうんです。
── 島の風景が変わってしまう深刻な問題ですね…。
英紀さん:そうなんです。だから、何とか続けられる形をつくれないかと考えました。おじいちゃんやおばあちゃんはパソコンを触ったことがないし、通販のやり方も分からない。
それなら規格外の柑橘類を、300円で買い取って、600円で売ってみようと思ったんです。だから、ときどき手伝いにいって、重いものを持ったり、収穫をしたり。販売もするから、「農家をやめないで」と声をかけて回っています。
── 島の未来を考えたとき、英紀さんはどんな未来を描いていますか。
英紀さん:ここで起きていることは、日本全体の縮図だと思っています。だからこそ、この島を守っていかないといけない。
そして、農業でも儲かるようなビジネスモデルを作って、若い人たちが「やってみたい」と思える形にしたいんです。これからも若者と高齢者の中間的な存在として、できることを模索していきたいと考えています。
自然とともにいきる。身体から心が整う暮らし

── 人も植物も自然な状態が良いというお話がありました。その感覚は大人になるにつれて薄れていく気がしています。おふたりの価値観はどのような体験から生まれたのでしょうか。
英紀さん:自然の中で暮らすうちに、頭で考えるよりも先に、身体が「こうしたい」と感じる感覚が戻ってきたように思います。
都会で朝から晩まで働いていたときは、散歩したり、空を見上げたりすることはありませんでした。でも、ここに来てからは、毎朝犬と散歩しながら、空を見上げることができています。
朝、外に出るとブルっとするくらい寒い。紫っぽい色の空や、雲が流れていく様子を眺めたり、ザーッという海の音を聞いたり。
そうやって五感を使って自然を感じることで、本来備わっている本能が呼び戻される。その感覚は、きっと誰の中にでもあるものだと思うんです。
── 島で暮らすようになって、身体の調子はいかがですか。
志乃さん:日が昇ったら「さぁ、やるぞ!」という気持ちになりますし、日が沈んだら自然とゆったりモードになります。犬たちも同じなので、自然とそういう生活になりますよね。都会に住んでいた頃よりも、食べ物の旬も感じることができています。
英紀さん:本当に、すごく健康になりました。風邪ひとつ引かなくなったんです。身体が健康なので、自然と心もプラス思考になりました。都会にいたときは、仕事の目標や成果に対して「どうしよう…」と不安になったり、人に対して嫉妬心や競争心を感じたりすることもよくありました。
今は、そういったことが全くと言っていいほど気にならなくて。何事に対しても「まずはやってみよう!」と思うことができています。この島に移住してから、心からホッとしつつ、同時にワクワクもする。そんな自分に出会えた気がしています。
私たちが営むShiki Farmも、誰かにとっての「心が安らぐ場所」でありたい。Shiki Farmの農産物やアイテムを手に取ってくださる方には、島の豊かさをお届けしたいと思っています。
それは、畑で元気に育つ作物の実りでもあり、ここで流れている穏やかな時間や、人のあたたかさといった心の豊かさでもあります。心がすっと整い、また明日から頑張ろうと自然に前向きなエネルギーが湧いてくる。そんな感覚を受け取ってもらえたら嬉しいです。
(インタビューはここまで)
今回の取材では、レモンも人も、たっぷりと太陽の光を浴びて、のびのびと過ごせる環境があってこそ輝き出すのだと体感する時間となりました。
Shiki Farmのおふたりは、何かを足すことよりも、本来あるものを信じることを選んでいました。農薬や肥料を使わないこと、手をかけすぎないこと。それらは一見、非効率に見えるかもしれません。ですが、自然であるからこそレモンはたくましく育ち、人は健やかになれます。
島の豊かな風景の中で語られるおふたりの言葉は、いつの間にか鈍らせてしまっていたわたしたちが本来持っている感覚を、そっと呼び覚ましてくれるような気がします。
ライター/ささきももこ 編集/さやかん 撮影者/やまもとさゆみ






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