2020/10/02

あなたもわたしも。「すっぴん」の肯定は人生の肯定。【 畑の魅力伝道師 小池 菜摘 】

※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。

岐阜県中津川(なかつがわ)市の写真家百姓で、Koike lab.代表の小池菜摘(こいけ なつみ)です。畑の魅力伝道師の中では現在唯一の農家。畑に生かされている人間として、なにをお伝えできるかなあなんてずっと考えながら、今日もいのちを愛でています。

ハタケト、今。

からりと過ごしやすい空気が入って、大気がかき混ぜられるのを見たらと思えばすぐに雲は薄く伸びて、秋になる。

秋は美味しい。
土の下で育つうちの子たちはみーんな秋に実るもんだから、順番待ちの大渋滞。
毎年わたしは「おいしい秋にころされる」って愛を込めて呟きながら、一年分の稼ぎをここで見繕う。
たくさんの段ボールに包まれたうちの子を見送ったら、どっと疲れて、へこたれているところに美味しいご飯たちが食卓を埋め尽くすんだから、幸福だ。

炊いただけ、茹でただけ。秋の食卓は手間なんていらない。

(稲刈りからが秋のはじまり)

今年の新米は去年に比べて格段に美味しい。
「手間をかけるということと、天候に虐められることは、絶対的に成長の機会なんだな」
なんて、ほけーと考えながら真っ白なウルウルの白ごはんを頬張る。

ハタケは、今日もめいっぱいを欲張って、豊かだ。
いつからだろう、こんなにわたしがHAPPYなのは。

(2020年9月の定点観測)

お化粧は武器。でも強制される筋合いはない。

生まれた時からアトピーだった。
学生の頃はそれなりに色気づいてお化粧を覚え、うまく付き合いながら楽しくやっていたように思う。

お化粧をすると、自分のコンプレックスである肌が少し隠れた。
写真を撮ればわからなくなった。強くなった気がして快感だった。

(大学1年生。顎の皮が剥けてることは気にもとめていない様子)

原因不明の皮膚病に治る薬は今もなく、メンタルの不調と連動して肌の調子も悪くなった。
化粧を落とせば腫れ上がって真っ赤な自分の顔と対面することになる日々も、もはや当たり前だった。

新卒で働き始めた頃、部長からこう言われた。
「化粧は必ずしてこい。それが社会のマナーだ。女が薄化粧で出歩くもんじゃない」
4時起き、終電退社は当たり前。
なんだかすごく疲れてお酒を呑み倒して眠った翌日に見事に寝坊して、なんとかアトピーの赤みを隠すためのファンデーションを塗りたくっただけで出社したときのことだった。

モノ言う新卒社員だったわたしは、すぐさま「なんで部長がそんなこと決めるんですか」と言ったけど、大きくため息をつかれて無視された。

今も思う、そんなこと、あなたに決める権限なんてないってこと。

(2010年、社会人二年目。もはや何をしても痛いのに、休みの日も”ちゃんと”化粧をしていた)

誰のためにやってるの?

2011年、東日本大震災をきっかけにうつ病になった。
続く寝不足にアトピーを理由にした無茶な部署移動。ストレスだらけの都心での生活に、心身ともに音をあげた。

トイレに行くことすらままならない寝たきり生活も相まって、
10歳から欠かすことなく当て続けた縮毛矯正をやめ、化粧をやめた。
きっかけは夫の一言だった。

「誰のためにやってるの?」

気持ちわるいと言われたから当てはじめた縮毛矯正も、外に出るために塗りたくるファンデーションも、誰のためにやってるんだろうか。
お金も、時間も、健康も、犠牲にして、わたしがほしかったわたしから遠ざかる結末に、いつまで辟易してればいいんだろうか。

(天然、を愛ではじめた2012年)photo:黒髪祥

すっぴんの”あなた”と”わたし”を肯定する

ひとを撮ることでいのちの重みと美しさを理解しはじめた頃、
男性を撮っているときにははっきりと手に取るようにわかることが、女性を撮っているとわからないことが多いことに気づいた。

例えばそのいのちがどういう生活者で、どういう状況で、過去に何を積み上げてきて、なぜここに存在するのか。
今この瞬間に考えていることも、まさに楽しいのかつまんないのかすらも。
いのちそのものを追求したいはずなのに、こと女性を撮っている時にはさっぱりわからなかった。

ある時、いつものようにとある男性を撮影している途中、直前にあった祖父の葬式のことを思い出していた。
目の前のこのひとは生きていて、祖父は死んでいた。彼と彼との差はどこにあるんだろう。

こころを表現する営みを眺めながら、肌から出る水蒸気に気づく。寒い日だ。

生きていると水蒸気を出すのだ、人間は、肌から。
女性は、撮影となれば顔を油脂で覆う。
生きる営みを、せき止めている。

その日から、女性を撮影する時には「ファンデーション禁止」をお願いする写真家になった。
すっぴんの”あなた”を肯定する写真を撮る。必ず約束するから信じて欲しい、と。

同時に、自分の生きる営みをせき止めることをしたいとも思わなくなった。
そうすることでわたしはわたしが生きていることを丸ごと肯定することができるようになった。

(心地よく生きることが、一番たいせつ)photo:小島葵

「わたしのため」のお化粧ならいい。それはあなたのとっても大事な武器だから。

でももし「誰かわからない人のため」のお化粧なら、一度思い切って脱ぎ捨ててみてはいかが?
自分がしあわせにならないうちに、他人のしあわせなんか願っても、何にもできないよ。

ライター/小池菜摘