※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。

このマガジンは「畑のそばに生きる様々な人」と「その暮らし」の紹介を通じて、皆さんと一緒に生き方の選択肢を再発掘していくメディアです。

岐阜県中津川(なかつがわ)市の写真家百姓で、Koike lab.代表の小池菜摘(こいけ なつみ)です。畑の魅力伝道師の中では現在唯一の農家。畑に生かされている人間として、なにをお伝えできるかなあなんてずっと考えながら、今日もいのちを愛でています。

ハタケト、今。

4月が終わる時、世界が変わる音がする。
きっとあなたも感じている、その着実で身近な変化を、見えない敵を躱しながら心に落とし込んでいく。まさにその時なんだろう。

何かに怯える日々も、されど窮屈な感覚も、畑のそばにはまったくない。

ちゃんと春一番でハウスが飛んで、山菜は吹き乱れ、花はあそぶ。
せーので始まる雑草の生誕祭だって、ちょうど昨日にあった。
春はきて、芽吹く日々は、世界のパニックとは反対側の、安堵と癒しの日々。

そんな畑の世界が今ちゃんとここにあることを、私は伝えなければならない。

(へたくそなわたしの種まきでも、ちゃんと芽がでる)

いつもの春より少し早く桜が咲いたかと思う頃には山菜が列をなして並び、
桜の花びらが舞う頃にはたけのこが勢いを増しはじめる。
去年みたいにバカみたいに長雨もなければ、カラカラになってしまうほど降らない訳でもない。

ほぼ農業者にとって”ベスト”と言わんばかりの天候に恵まれながら、今年一年の作付を順にこなしていく。

じゃがいも、植えた。
ほとんど家で食べる用の種まき、はじめた。
夏野菜の育苗は忘れていたので今年も諦めて苗を買った。
田んぼを起こして挨拶、できた。
種採り用のきくごぼう、植えた。元気。
さつまいもの芽だし、今まさに。
生姜も植えたし、あとは大黒柱の里芋の種芋を選びつつ出荷して生きればもう5月。

冬の間もちゃんと育つにんにくは順調に大きくなって、
玉ねぎはこりゃあ失敗だな、11月の育苗がうまくいかなかったしそんな気はしていた。
畑にだって良いことも悪いこともちゃんと毎日ある。
でもそのすべてが、未来をつくっていくという実感もちゃんとある。

わたしたちは今、毎日都会に野菜やお菓子を送っている。
ほぼ外、みたいな暮らしをしているわたしたちに、STAY HOMEを半ば強制されることの辛さは実感としてないままに
可能な限りの思いを巡らせてお手紙をかく。

この子たちを食べたときのあなたが、少し、緩むように。
畑の空気と一緒に、ありったけの愛を詰める。

(4月の定点観測)

ねぇ、そろそろ気づかない?

東日本大震災できづいたこと

2011年3月11日 14:46

あの瞬間、わたしは東京日本橋の証券会社で働いていた。
たくさんのひとのいのちが失われたあの津波の映像を横目に、オフィスは揺れを物ともせずに興奮に支配される。

受話器越しに左耳がお客さんに怒鳴られ、右耳は上司のけたたましいキーボードとコール音の合間の嬉しそうな声を聞いていた。
もはやもうこれがなんなのか、私にはわからなかった。
早く、はやく、いそげ

14分間が永遠かのように感じられて、耳を塞ぎたくなる次の瞬間には”避難せよ”とのアナウンスが耳をつんざく。
非常階段を降りる全てのひとが金の亡者に見えた。

「何人死ぬかなー」

「こりゃ儲かるね」

ひとが人たるカタチで生きるためには。
わたしがわたしたるカタチで生き続けるためには。

ここはだめだ。

いのちか欲か

もはや人間が、支配することはできなくなった。
溢れてしまったのだ、この地球が受け入れられる欲の限界を、超えた。

人間以外のいのちが徹底的に排除された都会という世界にいるとわからなくもなる

なんでもそうだ、触れていなければ、感じなくなる。

感性が、感覚が、消え失せていく時、それには気づかない。
代わりに自分に入ってくるものがあるからだ。

周りが得ている富を担保に欲を膨らませて、一握りの人間がその欲を満たし、そのほかの人間の欲は膨らみ続け、やがて弾ける。

もっともっと。諦めなければ叶う、という成功者の言葉を心の支えに。何度弾けても自分が自分をやっつけていく。
そうしてひとつずつが壊れていくことが当たり前になってきた頃、人間は自ら揺り戻す。
いのちの循環の中に見出す、当たり前の営みに目を向けるための、きっかけを。

わたしが東日本大震災というきっかけによって、忘れていたその「いのち」のもつ価値を思い出し、大切にしたいと強く願ったのと同じように

今、この時にも気づいているあなたがいる。

ほんとうに、このままここで生きていけるのかな。
結婚したらこども欲しいと思ってたけど、この仕事しながらやってけるのかな。
そもそもこの小さなアパートで、こそだてってできるのかな。
わたしの欲しかったキャリアで得たお金で、本当に欲しいものは手に入るのかな。
疲れた大人になってしまったわたしが、わたしのなりたいわたしだったのかな。

しあわせって、なんだっけ?

そんなことを考えながら2011年のあの日、
真っ暗な東京のど真ん中。
空っぽのコンビニと空っぽのお腹を交互にみて泣きそうになるわたしに
「ここは人間の生きる場所じゃないね」と言った彼が耕す畑に、そっといのちの種を蒔く。

いのちを愛でることを選んだわたしは
畑に生きる無数のいのちのパワーを担保に、未来をつくる営みを、今日も。

photo : Natsumi Koike

ライター/小池菜摘

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