2021/02/24
「肩の力を抜いて、小さいなりに美しい生き方を」 樹齢150年の「なるとオレンジ」が教えてくれた人生観 【森果樹園×ツギキ もりちひろ】
※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。
このマガジンは、様々な形で暮らしに「ハタケ」を取り入れている人やその暮らしの紹介を通じて、自然と自分の双方を愛せる生き方を紹介するメディアです。
「最初は週末農家のつもりだったのですが、今ではすっかり農家になってしまいました」屈託ない笑顔で話すのは、柑橘農家兼デザイナーのもりちひろさん。地元淡路島で祖父から引き継いだ小さな果樹園を家族で営みながら、フリーのデザイナーとしてもお仕事をしていらっしゃいます。もりちひろさんが栽培とデザインを担当され、妻のあきこさんが経営、企画、農産物の6次化などを担当しています。二人のお子さんを育てながら、夫婦二人三脚でお仕事をされています。
働き方や暮らしにおいて「Small is beautiful」であることを大事にされているというもりさんにお話を伺いました。
デザイナーとして柑橘「なるとオレンジ」との出会い
ハタケト:デザイナーとしてどのようなキャリアを築かれてきたのでしょうか。
もりさん:淡路島育ちなんですけど、看板業をしていた父の影響で昔からデザインに興味があって、大学ではデザインを専攻しました。卒業後は生活用品・家電の製造を手がけるメーカーにて商品開発部で働いていましたが、自分の作りたいものと会社に求められるものが違うことにもやもやすることが増えたんです。2年働いたあと自分なりのデザインに挑戦すべく、淡路島を拠点にフリーのデザイナーとして働き始めました。
ハタケト:看板屋に生まれ、デザイナーに。ここまでのお話からは柑橘農家になるという選択肢は見えてきませんね。
もりさん:祖父が果樹園の経営をしていました。ただ、あまり詳しく知らず、訪れるのは幼少期のお盆や正月のときくらい。遊びに行った時に果樹園のみかんをいつもくれるなと思うくらいで、手伝いをしたこともありませんでした。実は祖父の果樹園のことをちゃんと知ったのはフリーのデザイナーになったあとです。
もりさん:フリーになってから地元・淡路島の仕事もするようになったのですが、農産物や加工品をデザインすることも多くありました。ある日、「なるとオレンジまんじゅう」という商品パッケージをデザインして欲しいという依頼がありました。淡路島にしかない「なるとオレンジ」という柑橘を使ったおまんじゅうです。「なるとオレンジ」という名前こそは聞いたことはあるものの、よく知りませんでした。そこで「なるとオレンジ」について詳しい人のところにお話をお伺いしたところ、「何を言っているの、あなたのおじいさんが作ってるでしょ」と言われ、びっくりしました。「なるとオレンジ」のシーズンは春。ぼくが祖父を訪れるのはいつも盆と正月(夏と冬)だったので全く知らなかったのですが、なんと祖父は数少ない「なるとオレンジ」の生産者だったのです。
もりさん:この仕事での出会いから色々あって祖父の果樹園を継ぐという選択をしたのですが、継承当時、農家として「なるとオレンジ」を出荷している生産者は10名ほどと言われていました。その平均年齢は80歳、最高齢は90歳の祖父でした。高齢の祖父でも1人でできることなんだから、デザイナーの仕事がてら週末に作業するぐらいでいけるだろうと思って関わり始めたんです。しかしいざ始めてみると、もう大変。祖父に教えてもらいながら農作業に入り始めたのですが、祖父からときどき「ちひろ、あの肥料まいたか?」といった恐怖の一言がくるんですね。1ヶ月前にやっておかないといけなかったことを突然言い出すんです(笑)。しかも果樹園の年間スケジュールみたいなものが表にしてあると思っていたら、そんなものはなくて、すべて祖父の肌にしみついていることだったんですね。最初は祖父の肌にあるものを引き出すだけで精一杯でした。
(おじいさんと、もりさんご家族。4世代での農作業風景)
農家になるきっかけ、そして地元淡路島の魅力に気づかせてくれた妻の存在
ハタケト:色々あって果樹園を継いだ、とおっしゃいましたが、どんなきっかけがあったのでしょうか。
もりさん:元をたどると、妻と出会ったことでしょうか。彼女は一級建築士で、仕事で淡路島に来ていました。当時ぼくは淡路島にはデザインの話をできる人はいない、と神戸を拠点にしているくらい地元淡路島に期待をしていない人間だったのですが、妻と出会って、彼女から淡路島の魅力をたくさん教わったんです。ぼくと島を一周ドライブしながら、ずっと淡路島のいいところのプレゼンをしてくれました。
ふたりで祖父の果樹園を訪れたとき、妻が感動して「ここ、いいな」と言ったんです。
実は、ぼくも農作業しながら自然に囲まれる暮らしに憧れはありました。でも、大変そうだなと踏みとどまっていたんです。そんな時、妻が祖父の果樹園の魅力を伝えてくれた。それが決め手となり、共に淡路島で祖父の果樹園を継ぐことを決めました。
今でも妻が経営主体となり、企画や運営、農産物を食品加工して流通させる6次化を担ってくれています。そのおかげでぼくは栽培に集中することができています。
(あきこさんとちひろさん)
ハタケト:あきこさんが淡路島、そして果樹園の魅力を気づかせてくれたんですね。でも、フリーデザイナーの生活に未練はなかったんですか。
もりさん:デザインはもちろん今も好きなんですけど、結構苦しいときがあったんです。きっとただパソコンに向かってるのが嫌になってきていたんでしょうね。
ある時、養鶏家さんとの仕事でしびれることがあったんです。
ハタケト:しびれること、ですか?
もりさん:養鶏場のブランディングをする仕事でどういう特徴がありますかとお聞きした時です。その養鶏場の社長が「卵って、そこにあるだけですごく素敵なんです」とおっしゃったんです。卵は主役じゃないけれど、卵があるだけでちょっと食卓が華やかになる、と。この時、農産物の凄みを感じたんです。
さらにその方の名刺をデザインすることになった時に、肩書きを「代表」ではなく「養鶏家」にしてほしいと言われたんですね。それ、めっちゃかっこいいと思って。スタイリッシュなデザインの名刺にデザイナーと書かれていたら普通ですよね。でもそれが養鶏家だったら、めっちゃかっこいいなって。
それでデザインがこれまで触れてこなかった農業に踏み込むともっと楽しいことがいっぱいあるんじゃないかなって思うようになっていたんです。
小さくても、胸を張って生きる。
ハタケト:もりさんは「Small is beautiful」という言葉をHPなどで使っていらっしゃいますよね。それがとても気になっていて。
もりさん:これはですね、取引先の方が教えてくれた言葉なんですよ。マーマレードなどの加工用に「なるとオレンジ」をたくさん取引してくれているところなんですけれども。
取引を始める時に「うちなんか特に量も安定しないし、すごく小さいから、ご迷惑もおかけすることもあると思います」と心配でお伝えしたんです。そうしたら「いやいや、もりさん、Small is beautifulですよ」と言ってくれたんですね。
ぼくたちよりもずっと大きな会社が、そんなことを言ってくれるのかと感動しました。今でも思い出すと、目頭がジーンとします。この言葉をいただいてから、小さいなりに胸を張って、美しい生き方をしたいなと思うようになりました。デザインをやっていた頃は、スタイリッシュであることを美しいと考えていたのですが、いまは土にまみれて汗かいて、それでも笑っている方が美しいと思っています。「美しい」より、皆さんの感覚的には「ハッピー」に近いかもしれません。
お金があったり、大きい方がいいとか思われがちですが、僕はこのサイズで楽しく生きたい。今は常に100%、小さくても胸を張って、「美しい」と思える生き方を目指してます。
夢は肩の力を抜いて気楽に生きていくこと
ハタケト:とてもすてきな生き方です。Small is beautifulを大事にしていった先には、どんな人になりたいという夢はありますか。
もりさん:うーん。肩の力を抜いて気楽に生きていたいです。作業を効率化して生産にかける時間をどんどん減らしていって、ゆくゆくは週3で4〜5時間ずつ働く。それで余った時間は、仕事ではない庭の手入れだったり、絵を描いたり。それが理想の暮らし方ですね。
もりさん:なるとオレンジって、100年、150年生きるって言われてるんです。果樹の中でも長いと言われている温州みかんでも経済寿命は40〜50年と言われています。なるとオレンジはすごく長生きする品種なんです。そのため、新しく植えた木は100年先までの年表を見ながら何年で大きくなって、どのぐらいが収穫ピークかと考えています。
ぼくは元々、こん詰めてしまうタイプだったんで、デザイナー時代は数週間や数ヶ月という単位に詰め込んで動いていました。でも果樹園の木々と向き合うことによって、自分の価値観も変わってきたのかもしれません。もっと、ゆったりと生きていいんだなって。
ハタケト:なるとオレンジの木々たちがもりさんの視野を広げてくれたのですね。
もりさん:そうですね。今後はまだどうなるかは具体的にはわからないですけど、とにかくいまはこの仕事を全うしたいと思います。
(インタビューはここまで)
樹齢150年のなるとオレンジと向き合い、Small is beautiful を体現すべく全うされるもりさん。肩の力を抜いていい。もりさんのメッセージが心に響いた方も多いのではないでしょうか。
もう少しで春。なるとオレンジの季節がやってきます。いまから待ちきれませんね。