2021/04/09

「この町に住みたい」から農家に。周囲と調和した自分らしい暮らしを実現【はのさち自然農園】

※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。

このマガジンは、様々な形で暮らしに「ハタケ」を取り入れている人やその暮らしの紹介を通じて、自然と自分、双方を愛せる生き方を提案するライフスタイルメディアです。

 
住む場所、職業、暮らし方。本来すべて自分で自由に決めていいはずなのに、知らず知らずのうちに視野は狭まりやすく、なぜか自らの可能性まで狭めてしまうことがあります。

では、自らの意思で自分の暮らしをつくることに成功した人は、何事にも迷わず、人並み外れた強靭な精神力の持ち主なのでしょうか。いいえ、少なくとも今日ご紹介する女性は少しイメージが違います。

山梨県都留(つる)市にて、お米や野菜を育てている「はのさち自然農園」代表の羽野 幸さん、通称・はのちゃんは、静かで優しく、ときに悩み、常に考え、周囲との調和を大切にしながら、自分が願う暮らしを追いかけているようでした。

生まれ育った故郷とは別の町に惹かれ、その町に暮らしたいために単身で就農。農家として生きる選択をした思いについて、教えていただきました。

最優先した、大好きな都留での暮らし

ハタケト: 静岡県のご出身と聞きましたが、なぜ、山梨の都留で就農されたのですか。

はのちゃん: 都留に来たのは、都留文科大学という公立大学に入学したからです。入学を決めるときは農家になることなどはまったく考えてなくて、ただフィールドワークの多さや、自然豊かな環境でいろんな活動をしている先輩たちがとても魅力的に見えたからです。
住んでみたらこの町が大好きになって、大学4年のときはすでに「就職先で2〜3年がんばったらまた都留に戻ってこよう」と決めた上で卒業しました。

農家になった理由を簡潔に言うなら「なりゆき」が近い気もしてるんですが、わたしの場合は「都留に住みたい」という気持ちが強く、それがいちばん優先したことです。実際、会社を辞めて都留に戻ったときは、何の仕事をするか決まってなかったくらいです。ただ、家庭菜園はするつもりでいたので、そのご縁が結局、農業研修に繋がることになりました。

(広々としたはのさち農園の田畑は、雄大な山梨の山が見守っているかのよう)

ハタケト: それほどまでに惹かれた都留の魅力とは何だったのでしょう。

はのちゃん: 都留の景色がとても美しく感じられて大好きなんです。今は冬なので(※取材は2月でした)そんなに映える感じはしませんが、それでもこの山の景色が大好きです。

それと地域の人たちもすごく良い方々が多くて、田畑のことも教えてもらったり、困ったときはいつも助けてくれます。都留は山梨の中でも都心に近いこともあって移住者も多く生活に必要なものが買える店はたくさんあるし、不便に感じることはないです。わたしにとってはとても暮らしやすくて、この環境にずっと住みたい、と学生時代から変わらずに思っています。

ここはわたしにとって「第2のふるさと」で、今のところずっと都留に住むつもりです。

野生動物が訪れる、山あいの田畑

ハタケト: おひとりで運営しているとのことですが、作付け規模や活動内容を教えてもらえますか。

はのちゃん: 約1反の田んぼでお米と、6反弱の畑で年間50種類くらいの野菜(※)をつくっています。野菜は毎年ほとんどの苗を自分で育てていて、よくできたときはタネも自家採種して翌年に繋いでいます。

山の気候なので、冬は雪も降るし気温もしっかり冷え込むため、苗を育てるのは自宅の庭に建てたハウスを活用してます。そのために庭が大きい家に引越しもしました。以前は畑も数カ所に点在していましたが、移動効率などを考えて、今はこの場所に田んぼも畑もまとめることができました。

(※1反=約1000㎡弱、畳にすると約600枚分)

ハタケト: 見通しが良いところですね。

はのちゃん: 山合いで、風の通り道みたいなところですが、日当たりは良いです。トラクターを使うこともできるし、歩道も整備されて、作業もしやすいですね。雪が積もるとすぐそばの道路までは除雪車も来ます。

ただこれだけ山が近いと野生動物が来るため、作付けを考えるときに、できるだけ山側には動物が好まない野菜を植えるような工夫をしています。

とはいえわたしは、動物たちともある程度共存できたら良いなぁと思っているので、電柵にもそれほど強い電流は付けてないんですよ。柵があってもイノシシが入って掘り返しちゃうこともあるし、シカは2m以下の柵なら飛び越えて入ってくることもわかってはいるんですが、今の柵は1m70〜80cmくらいしかなくて、この小麦も何度も食べられています。あんまりたくさん食べられたら困るけど、ある程度は仕方ないと思っています。

(取材時は畑に野菜の少ない時期。昨年秋に蒔いた小麦、ゆきちからの手入れをしているところにお邪魔しました)

けして「ひとり」ではない。地域と育むつながり。

ハタケト: 農家になってよかったと感じるときはどんなときですか。

はのちゃん: 今年で独立してから10シーズン目に入りますが、今も農家としての喜びは随所に感じています。毎日の食べ物に困らないことももちろんだし、あと、野菜たちの姿に力をもらうことが多いんです。季節外れの雪が降ったりすると、もしかしたら寒さでだめになったかな、なんて考えながら様子を見に行くんですが、それでも健気に生きてくれてることがあります。想像以上に持ちこたえている野菜の姿を見ていると、ものすごく力強さをもらうんです。

ハタケト: ご自身の暮らしは自給できていること、すごいですね。農産物の自給と販売用をどのように調整してるのでしょうか。

はのちゃん: 明確な販売量を定めて作付けしているわけではなく、自分の自給分を確保した残りを販売に当てています。お米は、自給分の4〜5倍は販売できることもあります。

野菜は、市内や県内などの飲食店に卸しているのと、地元のスーパーの産直コーナーにも出荷しています。あとは直販として定期便も発送していて、それはできれば1箱に8〜10種類くらいは詰め合わせたいので夏から冬くらいまでの期間限定の出荷です。いつも大体6月くらいにはウェブサイトにオーダーフォームを開設して、販売頻度などもできるだけご希望に応える形で対応しています。

市内で暮らす移住者の方で買ってくれる方もいますし、自分の野菜が皆さんの暮らしのお役に立てていると思うとやっぱりとても嬉しいですね。

ハタケト: 畑に田んぼに収穫に発送、きっと目が回る忙しさですね。

はのちゃん: 確かに効率よく動かないと終わらなくなっちゃうのですが、ありがたいことにいろんな方が支えてくれています。畑のご近所の方々だけでなく、定期便の野菜も、配達に行くのが難しい場所に暮らす方には畑まで取りに来ていただいたり、中間地域にあるお店にご協力いただいて中継点として置かせていただいたり。あと農作業もいろんな人が支えてくれるんです。田植えは毎年お手伝いに来てくださるみんなのおかげで手植えや天日干しができていますし、一緒に小麦を育てたいとおっしゃるパン屋さんたちと小麦を育てることもしています。

毎年、大豆や小麦で味噌や醤油もつくっているので、仕込み作業や道具をお借りすることなど色んな方にお世話になっています。お味噌は5升サイズの大鍋で大豆を煮るので、屋外で薪を炊いて作りますし、お醤油は毎年、フネと呼ばれる醤油絞りの道具をお持ちの方にお借りして絞らせてもらって約27リットルを作っています。

(大豆と小麦を麹にするところから始まる、素材からすべて自家製のお醤油)

ハタケト: 原材料から自給したお醤油が27リットル!一升瓶15本ですか。すごいですね。

はのちゃん: 醤油づくり、すごく楽しいんですよ。畑で育てた大豆と小麦を4日間掛けて自宅の簡易的な室(むろ)で麹にして、それを水と塩と合わせて樽で約1年管理します。お味噌と違ってお醤油はよく混ぜ合わせるお世話も必要なんです。

営業許可の規定上、お醤油は販売できないので農閑期の趣味といった感じですね。自家消費のほかにお世話になってる方に届けたり、誰かにプレゼントしたり、あと、地域の助け合いで物々交換するときにあげたりします。

(フネで圧搾するときれいに澄んだおいしい醤油が生まれる。火入れをする前の生醤油)

生き方は、望む暮らし方を考えること

ハタケト: 今いろんな理由から田舎暮らしに憧れる人はいますが、先に実践しているはのちゃんは、何かアドバイスをすることはありますか。

はのちゃん: 移住って決してゴールではないので、そこは見誤らないことが大切だと思います。田舎に住めば何かが解決するわけではないんですよね。

もしも、都会の暮らしで人間関係が煩わしいと思って田舎に住みたいんだとしたら、田舎だって人付き合いに配慮がいることは同じなので、そういうことも伝えるようにしています。あと、農的な暮らしが理想で田舎に住みたい場合、まずは今住んでいるところでもできることがあるかもしれない、と一緒に考えたりすることもあります。街暮らしで実現できることは多いと思うので、近所で市民農園を借りたり、プランターに余ったネギを挿して育てるくらいから始めたって全然良いと思うんですよね。切り口からまたネギがニョキニョキと大きくなるのを楽しむならどこでもできます。

お醤油だって、わたしみたいな量でつくる必要はなくて、家庭用の果実酒瓶などで仕込めるんですよ。興味がある人はぜひ挑戦してもらえたら良いと思いますね。しぼりたての生醤油で食べるうどんや卵かけご飯、あとお餅!とってもおいしいですよ。

ハタケト: まずは今いる場所でできることを考えてみる、ということですね。

はのちゃん: 田舎に暮らすことをゴールや目的にするよりも、自分にとって大切にしたいことや、実現できる何かがあるところに住むのが良いと思うんです。

農業も同じで、農家になりたいと考えて移住を考える場合、もちろん田舎に行くと農業ができる可能性は格段に広がるし、農家が増えることは素晴らしいことなんですけど、でももしも、本気で大規模の農業をしたいんだったら、都留みたいな山あいではなく、もっと広大な農地がある地域の方がいいと思うので、そういうこともお話するかな。

わたしの場合は、自分が美しいと感じるこの景色や、大好きな人たちがいる都留に住むことが最優先で、そのために農家を選びましたが、今もこうして心が動かされるものに日々触れながら暮らせていることに感謝するし、満足感があります。農業は思い通りに行かないことが多いですが、住みたい町にいられることは、私にとってとても大きな喜びです。

(インタビューはここまで)

自らの意思で住む場所や暮らし方を決めて実践するはのちゃんは、冷静で優しく、そして静かな強さを秘めていました。ご本人がおっしゃるように農家さんとしては大規模ではありませんが、むしろ自分の手が届く範囲を把握していること、そして、その範囲で暮らしを作り出し、周りにも恵みを届けていることに、心から尊敬の思いでインタビューを終えました。

ご好意で分けてくださった特製のお醤油や人参ドレッシングは驚くほど絶品!実直で誠実なはのちゃんの人柄を体現するようにまっすぐなおいしさで、帰宅後もリスペクトが増大しています。夏頃に始まるという直売野菜も待ち遠しいです。

ライター・編集/やなぎさわ まどか

INFORMATION

はの さち

はの さち

はのさち農園代表。静岡県富士市生まれ。都留文科大学卒業後、静岡で一般企業に就職するも3年後に都留へ移住。合計7反の田畑でお米と野菜を栽培し、飲食店やスーパーへの出荷や直売など。趣味の醤油づくりは4年目連続で継続中。