※畑のそばの、豊かな暮らし発掘メディア「ハタケト」は、2022年9月1日より愛食メディア「aiyueyo」にリニューアルしました。

このマガジンは「畑のそばに生きる様々な人」と「その暮らし」の紹介を通じて、皆さんと一緒に生き方の選択肢を再発掘していくメディアです。

今回お話をお聞きするのは、共に20代で起業、農業にかかわる生き方を選んだ、川名桂(かわな・けい)さんと小林すみれ(こばやし・すみれ)さん。

桂さんは農家として、昨年、東京都日野市に「Neighbor’s Farm(ネイバーズファーム)」を設立。すみれさんは農家になるのではなく、農家を支援する会社を今年4月に起業されました。

実はおふたりは、東京大学の同級生。社会人では異なるキャリアに進んでいましたが、今はタッグを組んでいるのだそう。なぜ二人三脚の働き方を始めたのか。おふたりの話は、この不確実な時代を生きる上でのヒントに溢れていました。

一生続けられる仕事を。-桂さんの場合-

ハタケト:おふたりとも1人で新規就農と起業をされていて、独自のキャリアを歩まれていますね。まずは、桂さんから、今のキャリアに至った経緯をお聞かせください。

桂さん:わたしは新卒で、東京にオフィス(千葉に本社)がある農業法人に入りました。そこでの最初の仕事が、栽培担当として福井県でトマト農場を立ち上げるというものでした。そのまま東京で働くものとばかり思っていたわたしにとって、これは思いがけない経験となりました。

その後、東京の農業に関わる道を探すために東京の会社に転職をしたのですが、新規就農をしたいという気持ちが膨らみ、東京の農家での2年間の修行を経て、昨年の3月に新規就農しました。

ハタケト:そこまで農業に惹かれた理由はなんだったのでしょうか。

桂さん:そもそもわたしは、大学生のときから「一生続けられる仕事を見つけたい」という思いを持っていました。在学中、その答えを見つけるべく国際協力プログラムを使って途上国の農村に行ってみたんです。現地の農村の人たちはみんな貧しくて様々な問題も抱えていました。

そのはずなのに、食べ物だけはおいしいものに囲まれていて、みんな笑顔で暮らしていたんです。そこらへんからバナナをむし取って食べるところとか、すごく人間らしさを感じましたそんな姿を見て、「一生の仕事にするなら、農業だ」という気持ちが心のどこかに強くうまれていたのだと思います。

ハタケト:耕す土地を「東京」に決めた理由を教えてください。

桂さん:「東京で農業をする人生」が最高に思えたんです!福井県にいたときは、「ここはわたしの場所じゃない」という思いがどこかにありました。でも、地元であり愛着のある東京の地で農業ができるなら、当事者として本気で農業に取り組める。それは一生かけてでもしたいと思えることだと感じました。

農業法人のときに農場をゼロから立ち上げる経験をしていたことも背中を押してくれましたね。一度できた経験が自信になっていましたし、わたしには縦割りの中で部分的に役割を果たすのではなく、始めから終わりまで全体にかかわるような働き方が合っていると気づかせてくれたのです。

出産を機に問い直した自分の役割-すみれさんの場合-

ハタケト:すみれさんは、今までどんなキャリアを歩んでこられたのでしょうか。

すみれさん:わたしは、大学では獣医学を専攻していました。実家が農家で牛を飼っていたこともあり、畜産獣医師になろうと思ったんです。また、わたしは安定志向な人間なので、免許を取得できれば食いっぱぐれないだろう、との思いもありました。

そんな中、大学5年のとき、タイに3か月間の研修に行ったんです。畜産農家や酪農農家に行ったのですが、置かれている環境が日本と全く違うことに驚きました。タイの環境は恵まれたものとはいいがたかった。

だからたとえ獣医として目の前の牛を救えたとしても、環境、つまり仕組み自体が変わらなければ畜産家、酪農家自体を救えるわけではないと思ったんです。そして、たくさんの人に貢献できる、より大きな仕組みにかかわることがしたいと思い、農水省に行こうと方針転換をしました。

ハタケト:農水省に入られていたのですね。農水省を辞めて起業の道を選んだのは、なぜだったのでしょう。

すみれさん:ひとつは、忙しすぎて未来が描けなかったこと。夫も忙しい職場だったので、平日は夫婦ともに遅くまで働き時間が合わなかったし、土日は疲れて寝るだけの生活でした。そんな状況だったので、子どもができたら、と考えたときに、この生活は続けられないなと思いました。

ふたつめは、誰のために働いているかがよくわからなかったこと。たとえ大きな仕組みづくりに携われたとしても、わたしは「この人のためになっている」と具体的に思い描ける人がいないと、迷いがうまれてしまうタイプだったようです。自分自身が現場を深く理解しているわけではない働き方にもどかしさがありました。

そんななか、子どもを授かり、産休・育休ではじめてゆっくり考える時間がとれたんです。そのときやっと「わたしはいったい何がしたいの?」ということを自分の根本に立ち返って考えました。

わたしは実家が農家で、高齢化と耕作放棄地の増加が進む田舎で育ちました。そんな背景があるので地方創生に携わりたいという思いを持ち続けているのですが、地方創生をしようと思ったら農業は切っても切り離せません。だから、わたしは農業を盛り上げたい。やりがいが感じられ、頑張れば儲かる産業にしたい。そう思っています。

そして、ずっと自分の中にあった大きな仕組みにかかわりたいという思いと、現場に寄り添っていたいという思いを共存させるには起業家だ、と自分の道を決め、今年の4月に法人を立ち上げました。

不確実な時代に、それぞれが見出した「生存戦略」

ハタケト:冒頭にすみれさんは「自分は安定志向だ」とおっしゃっていたので、起業するというのは大きな決断だったと思います。不安はなかったのでしょうか。

すみれさん:よく聞かれるのですが、正直不安はそんなにありませんでした。むしろ、安定志向だから起業したんです。

起業は短期的にはリスクのように見えますが、長期で見たら挑戦している方がリスクがないと考えたんです。自分にやりたいことがあるのにそれをしないまま働き続けて、その結果、チャレンジできなくなっている方がずっと怖いと思いました。

特に今は、変化が激しい世の中だからこそ、新しいことにチャレンジして経験やスキルを積んでおきたい。だから、安定志向と起業は矛盾はしていなくて。わたしにとって起業は合理的な判断だったんです。

ハタケト:すみれさんが「変化しない方がリスク」と考えて行動する一方で、桂さんは「一生かけてできる仕事であること」を重視していますね。

桂さん:はい、でもすみれさんの考えとわたしの考えは相反するものではないと思います。わたしは、そのときだけの流行りに対しては価値を感じないというか、変わらずに信じ続けられるものでないと力が出ないんです。本質って何だろうということをいつも考えています。

これだけ世の中が変化していると、逆に立ち返る場所というのが絶対にあって、それが「どういう生活をしているか」とか「誰と一緒に生きたいか」なんだと思います。

本質的に変わらない価値を農業は持っていると思う。もちろん、農業は農業で、時代に対して変化していくことも必要です。

誰かがすでにやっていることをそのまま何も考えずに続けていくのではなく、人間の根本である「生きること」に携わりながら、自分の頭で考えて起きている問題に対処していく、というのが最高におもしろいなと思っています。

ハタケト:変化の速い世の中だからこそ、すみれさんは変化し続けて挑戦することを、桂さんは変わらない本質を追求することを選択されたのですね。

二人三脚となって見えてきた、主体性の大切さ

ハタケト:現在、おふたりは一緒にお仕事をされていますが、きっかけは何だったのでしょうか。

すみれさん:わたしから桂さんにアプローチをしたことです。育休期間を過ごした徳島から東京に戻るタイミングで、「まずは現場を知りたい!」と色んな生産者さんに会いに行ったのですが、桂さんはその中のひとりでした。

わたしは最終的な目標として、地方創生のために農業にかかわる人を増やしたいと思っているので、新規就農者にスポットを当てた支援を展開したいと考えています。桂さんはまさに新規就農1年のフェーズだったので、成長していく過程を一緒に見たいと思いました。

桂さん:わたしは、すみれさんのやりたいことがこれから形作られていくのが楽しみで、Neighbor’s Farmを手伝うことがすみれさんにとって価値になるのであれば、もう何でもやってくれていいよ、という気持ちでした。

ハタケト:すみれさんはNeighbor’s Farmで、具体的にどのようなお手伝いをされているのでしょうか。

すみれさん:たとえば、農園のお便りづくり、ネットショップ(EC)の立ち上げなどをしています。

桂さん:まず、わたしが「やりたいと思っているけれど、日々に追われてできずにいること」を全部書き出したんです。その中で、できることから順に実行してもらっています。

また、それまで1年間くらいひとりでやっていたので、すみれさんが来てくれて初めて「誰かに伝える」ということをするようになりました。自分が農園において大切にしていることもすみれさんの力を借りながら言葉にしてみることで、逆に「自分でもわかる」状態になっていくのを実感できます。

すみれさん:わたしは桂さんと仕事をすることによって、これからのビジネスや仕組み作りのヒントをもらえるんです。

桂さんとたくさんお話をして、農園に内側からかかわらせてもらうことで、新規就農者が何を必要とするのか、ひとりでは難しいと感じることは何なのかといったことがどんどん明確になってくるのを感じています。

ハタケト:お互いに、一緒に仕事をするからこそ見えてくるものがあるのですね!

桂さん:すみれさんとかかわるようになって、わたしは東京にいるからこそ、農業に興味がある人の入り口になれるのだという気づきもありました。

主体的に自分の人生を生きることが「幸せ」なことだと思うので、自分の周りにいる人たちには主体的に自分らしく生きてほしい。この農園を通して、そういう人の力になりたいと願っています。

すみれさん:「桂さんを手伝っている」と言ってはいますが、わたしは、自分の最高の自己実現のために自分のやりたいことをやっているだけなんです。

自分の人生、自分らしく生きていたいから。ただ、そうして「やりたいこと」を積み重ねていくことが、最終的には社会貢献につながっていくのかなと思います。

(インタビューここまで)

自分にとって、何をすることが幸せなのかを考え抜いて、主体的に生きる。

それがまわりまわって、周りの人の心の豊かさにもつながっていく。

おふたりの生き方からは、そんな様子がひしひしと感じられました。

自分らしく新しい道を歩み始めたおふたり。今後にも注目です!

ライター/木田 さち奈 編集/やなぎさわ まどか

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INFORMATION

Neighbor's Farm 川名桂 株式会社J-Nout 小林すみれ

Neighbor's Farm 川名桂 株式会社J-Nout 小林すみれ

川名桂
2014年東京大学農学部卒業。農業法人でのトマト農場の立ち上げ、東京都の農家での研修を経て、2019年3月に地元である東京都日野市にて新規就農、「Neighbor's Farm」を設立。

小林すみれ
2016年東京大学農学部獣医学専攻卒業。農林水産省、産休・育休を経て、2020年4月に農家を支援する「株式会社J-Nout」を設立。2児の母。